2022年1月12日のブックマーク (2件)

  • 閾値という考え方 新型コロナの出口の条件

    福岡放送のテレビ番組に日出るが、昨日、その打ち合わせでいろいろお話した。自分の思考を整理するためにも、そのときのコメントをここにまとめておく。もちろん、すべて私見である。なお、これはあくまでも自分のためのメモなので、専門用語などは詳しく説明していない。不明な用語その他は各自ググっていただきたい。 新型コロナを感染症法の2類相当(実際には新型インフルエンザ等感染症)から5類にすべきか、という質問をしばしば受ける。そのたびに、「そこはさしたる問題ではない」とお答えしている。 そもそも、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(いわゆる感染症法)が施行された1999年から、僕はこの法律に大いに不満だった。この法律は新たに勃発する感染症が国を脅かした場合にいかに封じ込めるか、という「感染管理」と、過去に大きな人権侵害をもたらしたエイズやハンセン病といった「人権」問題のバランスをと

    閾値という考え方 新型コロナの出口の条件
  • 誤報にはいろいろな原因が考えられるのに、五輪反対デモ日当についてのNHKの謝罪文では経緯がよくわからない - 法華狼の日記

    BS1のドキュメンタリにおいて、五輪反対デモに参加して日当をえたという場面について、誤ったテロップをつけたとNHKが謝罪文を出した。 www.nhk.or.jp よくある誤報は、証言者が虚言や記憶違いをしていた事例だろう。あるいは現場の取材者が捏造した事例などがある。 hokke-ookami.hatenablog.com ごくまれに、当時の専門書から引用した通説が現在から見て誤りをふくんでいたため、記事全体が誤報のように難じられる事例もある。 hokke-ookami.hatenablog.com 通説の引用はともかく、いずれにしても裏づけが足りなかったり、責任者が虚偽を見抜けなかった問題ではある。良くも悪くも、組織が誤報をしたこととは少し異なる。 たいていの誤報は取材対象から紙面に掲載されるまでのどこかで個人が起こす。組織が問われるのは監督責任や誤報と判明して以降の態度であることが多い

    誤報にはいろいろな原因が考えられるのに、五輪反対デモ日当についてのNHKの謝罪文では経緯がよくわからない - 法華狼の日記
    miyakawa_taku
    miyakawa_taku 2022/01/12
    id:mabo0915 なんでって「オリパラに反対してるから」に決まってるじゃない。友人が寝場所を追い出されてるのに、指くわえて見てるわけに行かないでしょう。