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shibuya-keiと80sに関するmkzkのブックマーク (4)

  • JOYRIDE - すてきなジョイライド -(M.V.) / FLIPPER'S GUITAR

    1stアルバム『three cheers for our side~海へ行くつもりじゃなかった~』に収録 1989.8.25リリース 映像は『THE LOST PICTURES, ORIGINAL CLIPS&CM'S plus TESTAMENT TFG Televison Service』より 【Profile】 1987年に小山田圭吾、小沢健二らによりフリッパーズギターの前身バンド「ロリポップ・ソニック」を結成。 89年8月、バンド名を「フリッパーズギター」に改名し、1stアルバム『three cheers for our side〜海へ行くつもりじゃなかった』でデビュー。 89年11月より小山田と小沢の2人となり、翌年6月に『カメラ・トーク』を発表。 91年7月には『ヘッド博士の世界塔』を発表するものの、10月に解散を表明。 現在でも多くのフォロアーを生み出し続け、様々なアー

    JOYRIDE - すてきなジョイライド -(M.V.) / FLIPPER'S GUITAR
  • GOODBYE OUR PASTELS BADGE - さようならパステルズ・バッヂ -(M.V.) / FLIPPER'S GUITAR

    1stアルバム『three cheers for our side~海へ行くつもりじゃなかった~』収録 1989.8.25リリース 映像は『THE LOST PICTURES, ORIGINAL CLIPS&CM'S plus TESTAMENT TFG Televison Service』より 【Profile】 1987年に小山田圭吾、小沢健二らによりフリッパーズギターの前身バンド「ロリポップ・ソニック」を結成。 89年8月、バンド名を「フリッパーズギター」に改名し、1stアルバム『three cheers for our side〜海へ行くつもりじゃなかった』でデビュー。 89年11月より小山田と小沢の2人となり、翌年6月に『カメラ・トーク』を発表。 91年7月には『ヘッド博士の世界塔』を発表するものの、10月に解散を表明。 現在でも多くのフォロアーを生み出し続け、様々なアーテ

    GOODBYE OUR PASTELS BADGE - さようならパステルズ・バッヂ -(M.V.) / FLIPPER'S GUITAR
  • フリッパーズ・ギター - Wikipedia

    フリッパーズ・ギター(The Flipper's Guitar、Flipper's Guitar)は日のバンド。略称は「パーフリ」「フリッパーズ」[3]。1987年11月にロリポップ・ソニック(Lollipop Sonic)として結成され、89年にフリッパーズ・ギターへ改名。1991年10月に解散。 来歴[編集] 母体は、小山田圭吾(当時は「圭悟」名義、ボーカル、ギター)と井上由紀子(キーボード)の2人で結成したバンド「Pee Wee 60's」[4]。この2人以外のメンバーが脱退したことを機に「ロリポップ・ソニック」へ改名し引き続きライブハウスなどで活動[4]。2人でのライブを数回、行なった後に吉田秀作(ベース)、荒川康伸(ドラムス)が加入[4]。最後に小沢健二(ギター、サイドボーカル)が加わり、5人編成となる。当初はネオGSの枠で捉えられていた。メジャーデビューの際、「ロリポップ・ソ

  • ネオアコ - Wikipedia

    ネオアコは、ポスト・パンクの流れから派生した音楽ジャンル/スタイルのひとつ。ネオ・アコースティック (neo acoustic) の略称。なおネオアコ(ネオ・アコースティックも含む)という言葉自体は和製英語であり、欧米では通用しない言葉である[1]。 概要・歴史[編集] 1980年代初頭、イギリスのチェリー・レッド、ラフ・トレード、ポストカード、ベルギーのクレプスキュールといったレーベルから、「パンク以降」のDIY精神を継承しつつ新しい感覚のアコースティック・サウンドを奏でるアーティストが登場した[1]。「ネオ・アコースティック」という呼称は、これらのアーティストまたはムーブメントに対して、日の評論家やレコード会社が名付けたのが始まりとされる[2]。 呼称の由来として、当時パンク以降に登場した様々な音楽スタイルに対して「ネオ○○」というジャンル名が与えられていたことが背景にある(ネオ・サ

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