京都の宝鏡寺は格式の高い尼寺である 寛永21年(1644年)に後水尾天皇の皇女が入寺され 代々皇女が住職を務めた為 度々御所から人形が贈られた 昭和30年代に人形の一般公開を始め、人形供養も行うようになり 今や人形寺としても有名だ 寺の人形塚には 武者小路実篤の詩が刻まれている 「人形よ 誰が作りしか 誰に愛されしか知らねども 愛された事実こそ 汝が成仏の誠なれ」 江戸初期 本覚院宮様のお人形「万勢伊」様は 毎夜寺内を見回りして 三代に渡り 宮様を御守りしていたという逸話が残る 昭和の始め 京都の親は「辛いことや悲しいことがあったら お人形さんに愚痴聞いてもろうて頑張りや」そんな言葉と共に 娘一人 婚家に送り出す親の気持ちを託され 嫁入り道具の一つとして市松人形は送り出された 時を経て 大切な人と別れ又新たな出逢いに恵まれ 市松様の愛された記憶が甦る あるサイトで 投稿者が幼少の頃体験した
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