869年に東北地方の沖で発生した貞観地震と津波による大災害は、菅原道真などにより編集された国史「日本三代実録」に記載されているのだが、色々と調べているうちに、百人一首の中のある一首に気付いたわけだ。 百人一首第四十二:清原元輔 契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山浪越さじとは 大岡信「百人一首」では、現代語訳として次のように解釈される。 覚えておいでですか たがいに泣き濡れ かたくかたく誓い合ったあの日のことを 末の松山を浪が越える そんな恐ろしい おぞましいこと けっして けっして 私にかぎって・・・ あなたの言葉が耳にはりついています 後拾遺集巻十四恋四に「心かはり侍りける女に、人に代りて、」と見える。 本歌があって、古今和歌集巻二十の大歌所御歌、 君をおきてあだし心をわがもたばすゑの松山波もこえなむ この「末の松山」というのは、和歌の世界では宮城県多賀城を指す枕詞とされている。多賀