【第四十四回新潮新人賞受賞作】「肉骨茶」高尾長良 シンガポールからマレーシアへの入国審査の列の手前で、赤猪子(あかいこ)は日本人ツアー客四十人を離れ便所に歩み寄った。 「ちょっとトイレ」 不審気な目つきをする母親に赤猪子は笑顔で告げて便所の扉を押し開けた。青い大振りのタイルが視界全面に広がって微かな臭気を漂わしている。 十七歳、一六〇cmの赤猪子は三五kgでこれは標準体重の六二%だった。硬いしこりを胸の中に宿しながら微かな恐怖と焦燥とに蝕まれて、赤猪子は人気のない便所の中に一瞬佇んだ。 今日の夕食は彼らのツアー旅行「シンガポール・マレーシア五日間~夏の満喫プラン~」には付いていなかった。そこで赤猪子の母親は昼食の飲茶を摂った国境近くのレストランで、周りの人々がトイレへ行った際ガイドの林さんとウェイター達の目を忍んで円卓に残っていた肉包子や餃子、炒飯をタッパー二つに詰め込んだ。赤猪
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