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報道と人権に関するmorobitokozouのブックマーク (2)

  • 「表現の自由」否定するメディア 皇族会見報道の倒錯 - 共同通信 | This kiji is

    Published 2018/12/05 10:03 (JST) Updated 2021/11/16 17:56 (JST) 1990年11月22日深夜。皇居・宮内庁の記者クラブ休憩室で、私は毛布をかぶりソファにうずくまっていた。少しでも眠って早朝からの仕事に備えたい。しかし先輩記者の声が私を引き戻した。 「見ておいた方がいいよ」。起き直って答える。「いや、僕はいいです」 「君がどんなふうに思っているか知っているけど、見ておいた方がいい」。先輩は繰り返した。 確かにそうかもしれない。記者なら見るべきものはすべて見て、感じ、考え、伝えるのが当だ。私は自分の感情にとらわれすぎている。 のろのろと立ち上がった。日付は替わり、23日になっていた。もう今夜の記事に付け加えることは何もない。ただ見るためだけに、真っ暗な皇居の杜を、大嘗祭(だいじょうさい)の舞台・皇居東御苑の「大嘗宮」に向かった。(

    「表現の自由」否定するメディア 皇族会見報道の倒錯 - 共同通信 | This kiji is
  • 三浦和義を襲った「共謀罪」 【岸田コラム】

    鉄の女サッチャーが先進国で初めて女性として首相に就任した日、ロサンゼルス郊外では黒いビニール袋に白骨化した女性の全裸死体が入れられているのを付近の住民が発見した(1979年5月)。この死体は司法解剖されたものの死因が特定できず、身元も分からぬままにあった。 ところが、この白骨死体は突如注目を浴びるようになった。「週刊文春」が「疑惑の銃弾」と題し、三浦和義氏への様々な疑惑を報じ、その中にロスで行方不明になっている三浦の会社の取締役で愛人だった白石千鶴子さんへの疑惑が報じられた。日サイドから送られた白石さんの歯型のX線写真から、ロス市警はその死体が白石さんのものだと断定したのだった。(1984年3月)。 当時三浦氏は、出張先のロサンゼルスで夫人の一美さんと記念写真を撮っている時に何者かに銃弾で襲われ(1981年11月)一美さんは植物人間のまま意識が回復せずに死亡(1982年11月)した。自身

    三浦和義を襲った「共謀罪」 【岸田コラム】
    morobitokozou
    morobitokozou 2017/06/15
    “自国にない法律で自国民が他国で裁かれようとするのに協力する態度は相当おかしい。これを政府寄りに解釈すれば、日本に成立させようとしている共謀罪はアメリカと同様のものだから協力するということになる。”
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