ブックマーク / www.dreamcaptor.site (9)

  • シンプルライフを目指して家具を捨てる - ヒロニャン情報局

    シンプルライフを目指して家具を捨てる 家具は大きくて持ち運びが大変なので捨てにくいです。 捨てるとなると料金がかかることも、捨てにくくさせている要因です。 ・思い切って家具を処分 しかし、シンプルライフを目指しているのでできるだけ家具を少なくしようと思って、思い切って家具を捨ててみました。 自宅にはもらいものの器がいくつもあります。 それらはまったく使っていないのですが、もらったものだから、お客さんが来たら使うかも、といった理由でとってありました。 普段使う器は取り出しやすい場所に収納し、使わない器は器棚の上の方など台がないと取り出せないような場所においてあります。 これまで使ってこなかった器は、これからも使うことがほとんどないと考えられます。 これまで10年くらい使っていなかったものもあるのです。 この使っていない器を捨ててしまえば、器棚を1つ捨てることができます。 普段使

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  • 買い物大好きな私が始めた断捨離 - ヒロニャン情報局

    買い物大好きな私が始めた断捨離 アラフォーを超えて、周囲に大病をして亡くなる人や生活に大きな変化をきたしている人を目の当たりにすることで、いつ自分にも何があるかわからないと思うようになりました。 つい最近までは、ブランドバッグや洋服やが大好きで、買ったものを忘れてそのまましまってあるようなこともよくあるくらいの買い物好きだったのです。 断捨離が世界的なブームになっていることで、ミーハーな私はそこでもちょっと流行に乗ってみたい気持ちもあって、まずは身近な洋服から断捨離を始めることにしました。 ・洋服の断捨離 断捨離を始めるにあたって、クローゼット以前にそこからはみ出している外に出しっぱなしの服で、1年以上着ていないものをすべて処分しました。 近所に古い服などを無料で引き取ってくれる業者があるので、ごみ袋10袋以上のいらない服は、そちらにもっていきました。 まだ価値があって需要がありそうなも

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  • 嫁と姑の問題を解決するには夫の力が不可欠 - ヒロニャン情報局

    私が28歳で主人と結婚した時、既に長男を身籠っており、その状態で主人の実家の2階で、主人の両親と同居することとなりました。 私の出身は愛知県で、主人は静岡県でした。 結婚当初は主人の両親も子育てに協力的で、核家族で誰も頼る人がいない夫婦に比べたら、まだ支援してもらえるだけ有難いのだと思っていました。 しかし、新婚生活1か月後に体調異変が起きました。 朝になると頭が痛くなったり、夜泣きが続く時は腹痛が酷くなったりしました。 そして、決定的だったのは、愛知と静岡の味付けや風習の違いでした。 愛知出身の私は、全て赤味噌がベースが当然だったのですが、隣県でそれほど違いはないだろうと甘く見ていた私も悪かったのですが、こちら静岡では赤味噌が殆ど扱っておらず、白味噌が大半でした。 なので、姑と作る事も静岡風味のものばかりになり、私が提案しようにもそもそも材がない状態で、段々ホームシックになって、愛知

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  • 信じていた友人に騙されて辛い思いをしました。 - ヒロニャン情報局

    信じていた友人に騙されて辛い思いをしました。 高校の同窓会があり、夫が珍しく「行ってみたら?」と気持ち良く送り出してくれたので出席したのですが、そこで高校3年間ずっと親友だった子に再会。 お互いに抱き合ってすごく喜びました。 私は大学を卒業後しばらく働いた後に結婚して、今は働く子持ち主婦になったことを話すと、彼女は大学を卒業後に大手の会社に就職したけど親の介護が理由で会社を辞め、安月給のパートを続け、今は両親が亡くなり1人寂しく暮らしているという話をしてくれました。 ・3ヶ月後、会うたびお金を貸しました。 彼女からこれをきっかけに定期的に会いたいと言われたので、私は少しでも彼女を支えることが出来たらと思い、月に2~3回事をするようになったんです。 彼女と再会して3ヶ月後、彼女は借金があり生活費に困っていると言うので事は毎回私のおごりで、会うたびお金を貸しました。 私もすごくお金があるわ

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  • 人当たりがよく、仕事が出来る。そんな彼女の正体 - ヒロニャン情報局

    私は工場で働いてるパート従業員です。 これから同じ職場で働く、とても仕事のできる彼女の話をします。 彼女は1児の母で、朝から子供のお迎えに行く時間までのシフトで働いています。 メインになる業務のかたわら、いろいろな人に別の仕事を頼まれて難なくこなしていました。 頼まれる仕事の内容は、他の製造で使う部品の用意をしたり、パソコンの入力作業までさまざまなです。 なかにはその人の作業を止めてまで別の仕事を頼む人もいましたが、彼女はいやな顔ひとつせずにその仕事をこなして自分の仕事に戻ります。 当にこの人はなんでも出来るんだな…とガラス窓で仕切られた別室で働いていた私は、そう思いながら彼女を見ていました。 でも、私は見てしまったのです。そんな彼女が豹変する時を。 ある日、彼女はすべての仕事が終わって帰ろうとしていました。 残っていた私に帰りのあいさつをし、お疲れ様ですと言ったとたんに作業室のドアが勢

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  • 息子の精神が不安定になりました。 - ヒロニャン情報局

    家庭において女性の役割というのは息子の母親であり家庭を守る立場でもあるんですが、30歳で離婚をした私の家庭では、息子の気持ちが分らなくなっていました。 離婚をしましたので当然収入がなくなるわけですから、いくら養育費をもらっていてもそれだけでは少ないためとても家庭を支えることはできないです。 となりますと外に出て働かなければいけませんし、私は外に出て働いていました。 そのせいでしょうか、親として接する時間が少なくなったせいでしょう、息子の精神が不安定になりまして10歳の息子にどう接してよいか分らないでいました。 再婚をしようにも相手の方もいませんし、再婚をしても息子を自分の息子のように育て上げることができる男性が果たしているかどうかも分りませんので再婚も考えませんでした。 さすがに解決策を模索しないと家庭は空中分解ですのでいくら私の祖母に面倒を見てもらっているとは言えやはり母親ですので解決策

    息子の精神が不安定になりました。 - ヒロニャン情報局
  • 主人がハマっていた趣味の最中の生きた心地がしなかった経験 - ヒロニャン情報局

    主人の仕事の転勤がキッカケで沖縄に移り住んだ私たち夫婦は、沖縄のことが大好きになって長い年月、沖縄島で暮らしました。 当初は数年だけ住む予定だった沖縄に10年以上も住むことになった理由の一つは主人が沖縄ならではの、ある趣味にどっぷりとハマってしまったからです。 その趣味とは「パラグライダー」という大きなグライダーの下のシートに座って空中を飛び回るものでした。 空中から見える沖縄の青い海の景色はたまらなく感動するようで、主人は最初はちょっと試しにやってみると言っていただけなのに、実際にやり始めるとすっかりその魅力にハマって夢中になりました。 そして仕事が休みの日には朝早くから夕方まで、パラグライダーをしに沖縄島のいろんな場所に飛びに行っていました。 そして私も主人と一緒にパラグライダーが出来るスポットに行って、主人が空中を飛び回っている姿を見ることもよくありました。 主人が空中で楽しんで

    主人がハマっていた趣味の最中の生きた心地がしなかった経験 - ヒロニャン情報局
  • 人生は、気づいた時からいくらでもやり直せる! - ヒロニャン情報局

    大学を卒業して社会人になるまでは、普通に暮らして目標を持って、それなりに自分の夢を叶えるために出来る限りの努力をしてきたので、自分が人生をやり直さなければいけなくなるとは思ってもいませんでした。 社会人1年目は社員として働く事が初めてだったのと、周りの友人がどんな働きぶりをしているか知らなかったのですが、後から振り返ってみると、かなりブラックな会社で働いていており、残業代も出ず土日出勤は普通の事だと思っていました。 会社全体がそういう人ばかりで、年俸制だったので残業手当も休日出勤も無く、頑張って働いてる同僚とランチに行ってお洒落な昼ご飯をべて、お茶をして、また頑張って働いていました。 そして帰りは夜の23:00頃が終電だったので、普通に夜まで働いて晩ご飯をべて、終電間近まで働いていました。 帰りは自宅まで2時間程かかるのと電車は座れたので、帰りの電車の中でも仕事をしていました。 まだ若

    人生は、気づいた時からいくらでもやり直せる! - ヒロニャン情報局
  • ドケチなママさんのお古好き - ヒロニャン情報局

    私の知り合いに、かなりドケチなママさんがいるので、紹介したいと思います。彼女は幼稚園に入ったばかりの子供がおり、時々会えば雑談をするような仲でした。 フレンドリーで気さくで、とても良い方だと好印象だったのですが、近所の方から驚くような情報が回ってきたのです。それが、かなりのドケチぶりという事でした。 話によると、子供と2人でスーパーに出掛けているのを見かけたそうなのですが、そこの試コーナーで、子供に好きなだけべなさいと言いつつ、結局商品は買わずに去っていったのだといいます。 それだけでドケチだと決めつけるのは良くないと思っていたのですが、ママさんのドケチぶりを、私は目の前で知ることとなるのでした。 それは、ママさんの方から私の家へ訪ねに来た時の事でした。実家から沢山ジャガイモが送られてきたから、お裾分けにと持ってきてくれたのです。 私が有り難く受け取ると、彼女は長話を始めました。私も悪

    ドケチなママさんのお古好き - ヒロニャン情報局
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