2013年3月11日のブックマーク (2件)

  • 避難者帰還へ線量ごとに安全指針…政府が年内に : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

    政府は、東京電力福島第一原子力発電所事故による避難者の帰還に向け、放射線の年間積算線量に応じた安全指針をつくる。 震災後、当時の民主党政権が年間積算線量を1ミリ・シーベルト以下に下げるとした長期的な除染目標が事実上の安全基準と受け取られ、帰還の障害となっているためだ。国内外の有識者の意見を踏まえて原子力規制委員会が考え方をまとめ、政府が年内に取りまとめる。 政府は2014年春にも、避難指示区域のうち年間積算線量が20ミリ・シーベルト以下の「避難指示解除準備区域」への帰還を認める方針だ。避難指示が解除されれば住民は帰還できるが、「1ミリ・シーベルトでないと安全ではなく、帰れないという感覚が被災者に生じている」(政府関係者)のが現状だ。 政府は長期的な目標として1ミリ・シーベルトの除染基準は維持する。一方で新たな指針は、年間積算線量が5ミリ・シーベルトや10ミリ・シーベルトなど、線量の段階ごと

    mucci
    mucci 2013/03/11
    当事者でない私が言うのは不遜かもしれないが…被曝覚悟でも帰りたいんじゃないかな…
  • 朝日新聞デジタル:ソニーが革新力を失ってきた理由 久多良木氏に聞く - 経済・マネー

    インタビューに答える久多良木健サイバーアイ・エンタテインメント社長=山和生撮影  【大鹿靖明】日の電機産業の競争力が失われ、雇用不安が高まっている。社会や文化に大きな変化をもたらすイノベーション(革新)を起こせなくなり、海外メーカーの攻勢に押されたからだ。なぜそうなったのか、巻き返しの目はあるのか――。世界を席巻したソニーのゲーム機プレイステーションの「生みの親」として知られる久多良木健氏に聞いた。  ――日の電機産業になぜイノベーションが起きにくくなったのでしょう。  「ソニーに入社して最初の10年間は、ホントに好きなことがやれた。ブラウン管テレビ全盛の時代だったが、平面テレビがやりたくて、当時は金(きん)より高かった液晶素材を買って小さな液晶テレビを試作した。これが入社1年目。そういうことを勝手にやらせてくれた。そのあと世界最初の電子カメラの開発にかかわった。それが4年目だった」

    mucci
    mucci 2013/03/11
    昔はジョブズもソニーにひそかに憧れてたと聞くね