「自分の現実との距離 近づいた」 いしいしんじさん=写真=の新作『みずうみ』(河出書房新社)は、私小説的に作家本人が登場するなど大胆な作風の変化で驚かせる。「新たなものを得てわくわくした」と語る新境地への思いを聞いた。(佐藤憲一) 湖の畔(ほとり)の村には家族の中に必ず一人、眠り続ける人がいる。月に一度湖水がコポリコポリとあふれ出すと眠り人の口からも水があふれ、遠く離れた風景や出来事を語りだす――。「最初から自分の意識の淵(ふち)に入った」という第1章は、ファンタジー的趣向で魅了する従来の小説の発展形といえるだろう。 だが2章は体が膨張して水があふれ、奇妙な偶然性に支配されるタクシー運転手の話に。3章は、松本に住む「慎二」「園子」夫妻の妊娠と死産の体験に、ニューヨークやキューバでその友人たちが遭遇する不思議が重なりあう。 満ち引きする水のイメージは共通しているが、これほど複雑な物語は過去の