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2013年5月16日のブックマーク (4件)

  • 集団移転用地に縄文マグロ漁の跡 : 宮城 : 地域 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

    被災した集落を高台に集団移転させるため、候補地となっている気仙沼市唐桑町の大沢地区で、同市教育委員会が発掘調査を行ったところ、縄文時代の前期後葉(5500年前頃)を中心とする地層から、クロマグロの骨が大量に見つかった。県内の遺跡からクロマグロの骨が出土することはあるが、大量の骨が見つかるのは珍しい。調査は6月末まで行われ、最終的には1万個を超す骨が出土しそうだという。集団移転の工事は調査終了後に行う。現地の一般公開は18日。 発掘調査が行われているのは、海にほど近い同地区の「波怒棄館(はぬきだて)遺跡」。遺跡として県教委に登録されている土地を開発する際、事前に調査が義務付けられているため、市教委は昨年10月から、6000平方メートルを対象に発掘調査を始めた。クロマグロの骨以外にも、土器や石器、骨角器(釣り針など)、貝類なども見つかった。 市教委によると、マグロが回遊する三陸沿岸の遺跡ではそ

    mukunokiy0725
    mukunokiy0725 2013/05/16
    漁猟専門でやってたとしたら結構広範囲の海を移動してたかもしれないか
  • 野口晴哉: 極東ブログ

    縦横に巡らされた「はてな」のリンクを見ていたら、野口晴哉がキーワードになっていた。そういえば、筑摩文庫の影響なのか2、3年前ぐらいから野口晴哉の名前を見かけることが多くなった。奇妙な感じがする。脳足りんか如何、というくらい朗らかなる斎藤孝も野口晴哉のことをまじめくさって紹介していた。反面、筑摩文庫版についてのなにかの評で野口晴哉ってトンデモ?というのを見かけたこともある。野口晴哉のは、ま、常識的に見ればトンデモ、で終わりなのだが、そういうのが受け入れられていく社会になってきた。不思議といえば不思議だ。 野口晴哉についての解説は、おそらくはてなの自動リンクでできるのではないかとも思うが十分な解説ではないだろう。だが、ネットを引けば意外と情報は出てくるのではないだろうか。と、投げやりな気持ちがする。随分前のことだが、中村天風、桜沢如一、野口晴哉の3人について時代背景を含めてでも書こうかと思

    mukunokiy0725
    mukunokiy0725 2013/05/16
    「この生で出来る事はやったし、もういいや」と考えてらしたんじゃないか、って理解で良いのかな。
  • 第6回「野口晴哉先生がされていたことを理解するためにエドガー・ケイシーを読んでいました」三枝龍生先生|(有)テンプルビューティフル - エドガーケイシー関連製品専門ショップ

    それはこういうことです。高校卒業して18才のときに山根寛子さんという野口整体の先生のところに弟子入りしました。野口晴哉先生は近衛文麿さんの娘さんと結婚されて皇室にとても近いこともあり、ちょっと畏れ多かったんです。直弟子になるのも金銭的に大変だったので、優秀なお弟子さんを紹介して下さいということで山根先生のもとで勉強することにしました。 当時はまだ筋無力症の症状が「消えてはぶり返し、消えてはぶり返し」を繰り返していたんです。それで「治してもらえたら弟子入りします」という交渉のもと整体をしてもらい、結果弟子入りすることになりました。 ところが病気が治ってみるとつまらないんです。そこに来るのは病人ばっかりですし、まだ僕も若かったですから・・・。それで「1年だけ外に出てきていいですか?」とお願いして自衛隊で一番厳しいと言われた空挺部隊に入りました。最初は1年の約束でしたが結局1年3ヶ月いて、山根先

    mukunokiy0725
    mukunokiy0725 2013/05/16
    「野口晴哉先生の死因についてブログで書いたら炎上した」ってどんな書き方を三枝さんはされたのだろうか。原文見つけられてないのだが。
  • 第6回「野口晴哉先生がされていたことを理解するためにエドガー・ケイシーを読んでいました」三枝龍生先生|(有)テンプルビューティフル - エドガーケイシー関連製品専門ショップ

    1954年東京生まれ。病弱な少年時代を野口整体とマクロビオティックで克服。その後、自衛隊パラシュート部隊、野口整体内弟子を経て1984年独立。その後は海外で指導しながら模索を続け、2009年、合気道と野口整体と易学を同時に学ぶ「天心会」を発足。 近著として「最後に残るのは、身体だけ」(講談社α新書)がある。 公式サイト:http://www.aikido.co.jp/ ご著書を拝見すると、野口整体を知ったきっかけは中学のときに発症したご病気だったとのこと。筋無力症というのはどのような病気で、三枝先生の症状はどのようなものだったのでしょうか? 13才ですから、中1のときです。突然、鉛筆が持てなくなりました。黒板に板書された字をノートに書き写そうとすると鉛筆が持てない。 歩けるけど、物が握れない。先生に怠けていると思われるし、アチコチの病院を廻ってもなかなか病名が分からず、辛かったですね。 お

    mukunokiy0725
    mukunokiy0725 2013/05/16
    野口晴哉先生について参考。それより aikido.co.jp って三枝龍生さん個人が押さえてるのか?