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2009年10月5日のブックマーク (5件)

  • 皆様のご支援とご厚情に深く感謝申し上げます - 植草一秀の『知られざる真実』

    昨日、勾留地より、無事帰還を果たしました。多くの皆様にご支援、ご心配、激励を賜りましたことに衷心より感謝申し上げます。誠にありがとうございました。 不在中におきましても、ブログを熱烈にご支援賜りまして誠にありがとうございました。また、多くの皆様から激励のお便り、お言葉を頂戴いたしまして感謝の気持ちに堪えません。 無実潔白の人間に対して、このような形で公権力が行使されたことに、強い憤りを感じます。 しかし、この世には無数の不条理と理不尽とが横たわっており、その一端を学ぶ機会を天が私に与えたものと理解しております。 この意味において、勾留地においては極めて濃密で充実した時間を過ごさせていただきました。極めて充実した意義深い時間を持つことができましたことに感謝しております。 この期間に設定された総選挙においては、政権交代を目指す旧野党勢力が圧勝し、見事に政権交代実現の大業を成就いたしました。

    皆様のご支援とご厚情に深く感謝申し上げます - 植草一秀の『知られざる真実』
    mustelidae
    mustelidae 2009/10/05
    植草氏、刑期満了の模様。
  • asahi.com(朝日新聞社):山本昌投手の父、歌手デビュー 75歳、のど自慢全国一 - 社会

    自慢の歌声を披露する山巧さん=三重県松阪市、森山写す  プロ野球中日ドラゴンズの山昌投手の父、巧さん(75)が7日、歌手として全国デビューする。NHKのど自慢で全国チャンピオンの経験もあり、作曲家船村徹氏の弟子という実力派。「息子が『中年の星』なら、自分は『高齢者の星』としてがんばりたい。目標は紅白歌合戦出場です」と話している。  巧さんは神奈川県茅ケ崎市在住。6月、横浜開港150年記念イベントに130人の歌自慢の一人として出場したところ、横浜市のレコード会社インターナショナルミュージックから「一番うまかった」とレコーディングに誘われた。  66年のNHKのど自慢の全国チャンピオンで、全国チャンピオンでつくるNHKのど自慢「日一の会」の運営委員長を務める。カラオケ教室の経営やカラオケ大会の主催などもしてきたが、「息子の名を出すのはいやで、ずっと封印してきた」。レコーディングも「高齢な

    mustelidae
    mustelidae 2009/10/05
    道楽を究める親子。
  • asahi.com(朝日新聞社): マリーさん 安らかに - あじわい夕日新聞 - 映画・音楽・芸能

    プロフィール (右から)ピーター、ポール、マリー=ワーナーミュージック提供  ピーター・ポール&マリー(PPM)のマリー・トラヴァースが、9月16日、天国へと旅立ちました。72歳。白血病だったそうです。  60年代にアメリカのモダンフォーク・グループとして活躍したPPM。当時小学生だった私も4歳上の兄の影響で大好きでした。最初は子供にも分かりやすい「パフ」から。とっても可愛いメロディーにPPMの3人の優しい歌声とハーモニーが心地よくて、英語詞の意味など分からぬまま、なんちゃって英語で歌っていたものです。  高校生になった兄がPPMと同じ編成でフォークグループを始めた頃から、私も見よう見真似(みまね)でギターを弾くようになりました。初めて弾けるようになったのはPPMの「ア・ソーリン」。「風に吹かれて」や「くよくよするなよ」ではスリーフィンガー奏法の真似事もしてみたり。そうそう! 当時、この2

    mustelidae
    mustelidae 2009/10/05
    原由子さんが語るPPM
  • 働きバチも産卵・子育て…女王と対立抗争?(読売新聞) - Yahoo!ニュース

    女王だけが子孫を残し、他のメスは働きバチとして集団を営むとされるミツバチの中で、働きバチの一部が自ら卵を産みオスバチを孵(かえ)して育てていることを、ブラジル・サンパウロ大のグループが明らかにした。 女王側は卵を持つ働きバチを殺すなどして統率を図っているが、以前の女王の娘だった働きバチに、現女王の娘も加わり、群れのオスのうち4分の1を占める集団を築いていた。このような内部抗争は、病気や環境急変による危機を乗り切るため多様な遺伝子を残すのに貢献しているらしい。英国の専門誌に発表した。 ミツバチは女王1匹と数千〜数万の働きバチ、その1割のオスで群れを構成。オスは働かず、女王と1回だけ交尾し生涯を閉じる。 グループは南米に住む「ハリナシバチ」の一種を調査。45個の巣からオス計576匹を採取、遺伝子を調べた。その結果、77%は現在の女王の息子だったが、4%は女王が産んだ働きバチの子で、残り1

  • asahi.com(朝日新聞社):中川氏死去 鈴木宗男氏「もっと話すことがあったのに」 - 政治

    「親子2代の悲報。あまりにも短い人生だった。巡り合わせというか、言葉で表しようがない」。中川昭一氏の父・一郎氏の秘書を務め、昭一氏と「因縁の関係」の新党大地代表の鈴木宗男衆院議員は4日、昭一氏の死去を受けて札幌市内で記者団に複雑な胸のうちを語った。  鈴木氏は拓殖大1年の時、小学校6年だった昭一氏と出会った。83年、一郎氏が札幌市内のホテルで自殺。鈴木氏は現場に駆けつけた。その後、一郎氏の跡を継いだ昭一氏と旧北海道5区で4回戦った。先の総選挙では昭一氏と争った民主党候補を鈴木氏が支援し、昭一氏の比例復活当選も許さない完全勝利を収めた。  「2人の間に世間で言われるような確執はなかった」と鈴木氏。昭一氏の開いた新年会に鈴木氏の子どもたちが招かれ、お菓子やアイスクリームを買ってくれたりしたこともあるという。「いつもお仕えした方の息子さんと思って接してきた」と話す。  最後に話したのは選挙前の7