私の知人が、2004年(平成16年)12月29日作家吉村昭氏が讀賣新聞のコラムで真珠湾攻撃に向かう艦隊が択捉島単冠湾(ヒトカップ)に結集した様を望見した方々を紹介した新聞切り抜きを持参した。 日本だけで300万人にも及ぶ惨禍のスタートを見たことになる。 初めがあれば終わりがある。 沖縄水上特攻のため三田尻沖に結集したわずかな艦隊を見た人々が、必ずまだご存命のはずだという動機が、この Webサイトを立ち上げた動機であった。 戦争がなぜ始まったのか、とうして負けたのか、通史的に編集していないし、そのような大それたことが書ける能力もない。 主として現場で何が起きていたのか、彼らがどのような価値観に支配されていたのかを読み物風に纏めたに過ぎない。 掲載している各種の統計数字等は史料・資料として通用すると自負している。 だがあくまで私の価値観で物事を記載していることを承知の上で閲覧を賜りたい。