植原葡萄研究所のぶどう 本当のおいしいぶどうを、日本中で味わってもらいたい… それは、ひとりの青年の思いから始まりました。 頃は昭和初期。ぶどうと言えば、甲州かデラウェアくらいしか無かった時代です。 「世界中には、もっともっと素晴らしいぶどうがある。 どうせ作るなら、透けるような浅緑色の大きく豊かな粒をつけた マスカット・オブ・アレキサンドリアのようなぶどうが作りたい」。 熱い思いを抱いた青年は、それから長い年月を掛けて品種改良を繰り返し、 創り出した最高傑作が、多くの育種家が夢見た赤いマスカット。 後に甲斐路と名付けられ、山梨を代表する品種の一つとなりました。 青年の名は植原正蔵。植原葡萄研究所の創設者です。 彼が志を立てた日から約1世紀。 植原葡萄研究所は、もっとおいしいぶどうを日本中で味わってもらうため、 昨今の気候変動にも負けることなくたわわに実り、現代人の味覚に合うぶどうを作ろう