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2011年2月6日のブックマーク (4件)

  • (*゚∀゚)ゞカガクニュース隊:食虫植物ウツボカズラの壺を、我が家にしたコウモリ

    2011年02月06日 虫植物ウツボカズラの壺を、我が家にしたコウモリ 引用元:ナショジオ 東南アジアのボルネオ島にある小国ブルネイでは、ハードウィック・ウーリー・バット(学名:Kerivoula hardwickii)の一種と虫植物ウツボカズラ(学名:Nepenthes rafflesiana)の亜種が互恵的な関係を築いている。ハードウィック・ウーリー・バットはウツボカズラの丸い葉をねぐらにし、身を守る。一方のウツボカズラは昆虫も捕らえるが、必要な栄養をコウモリの排泄物から得ている。 研究を率いたブルネイ・ダルサラーム大学のT・ウルマー・グラフェ(T. Ulmar Grafe)氏は、「予想外の結果で当にびっくりした」と電子メールでコメントしている。 ウツボカズラはおいしそうな蜜で昆虫を誘い、壺のような形をした葉で捕らえる。葉の内側はツルツル滑るため、簡単には脱出できない。壺の

    nakakzs
    nakakzs 2011/02/06
    ウツボカヅラ画像ちょっと注意。しかしコウモリが入っている画像はちょっとほほえましくも見える。
  • MONEYzine:サービス終了

    MONEYzine サイトサービス終了のお知らせ 2022年4月20日をもってMONEYzineは終了しました。 長い間、MONEYzineをご利用およびご購読いただき、ありがとうございました。 翔泳社では複数のデジタルメディアを運営しております。よろしければご覧ください。 翔泳社のメディア:https://www.shoeisha.co.jp/media

    nakakzs
    nakakzs 2011/02/06
    さすがに山内組長の実績からすれば、それだけもらっても文句言う人はいないだろう(退職金も辞退したらしいし)。
  • asahi.com(朝日新聞社):戊辰戦争でプロイセンに提携持ちかけ 会津・庄内両藩 - 文化

    駐日代理公使が宰相ビスマルクにあてた文書。冒頭の行に「Aidzu」(会津)「Schonai」(庄内)の文字が見える=ドイツ国立軍事文書館提供、資料番号RM1,867,6rビスマルク  戊辰戦争での薩摩・長州を中心とした新政府軍との対決を目前に、会津・庄内両藩がプロイセン(ドイツ)との提携を模索していたことが東京大史料編纂(へんさん)所の箱石大・准教授らの研究で明らかになった。ドイツの文書館で確認した資料は、両藩が北海道などの領地の譲渡を提案したが、宰相ビスマルクは戦争への中立などを理由に断ったことを伝えていた。  ドイツの国立軍事文書館の資料で、10年ほど前にドイツ側の研究者が存在を紹介したが、詳細が不明だった。  箱石さんらの調査で確認されたのは、1868年の文書3点。いずれも、ボン大のペーター・パンツァー名誉教授に依頼し解読、日語に翻訳した。  (1)7月31日付で駐日代理公使のフォ

    nakakzs
    nakakzs 2011/02/06
    歴史にifはないけど、もしプロイセンが受けていたらアジア情勢がだいぶ変わっていた可能性もあるかもと思ってしまう。
  • asahi.com(朝日新聞社):元連合赤軍幹部・永田洋子死刑囚が病死 東京拘置所 - おくやみ・訃報

    1971〜72年に起きた「連合赤軍事件」で、新左翼運動の仲間を殺害した罪などに問われ、93年に死刑が確定した元連合赤軍幹部の永田洋子(ひろこ)死刑囚が5日午後10時6分、東京・小菅の東京拘置所で病気のため死去した。65歳だった。法務検察関係者によると、死因は脳腫瘍(しゅよう)による多臓器不全とみられる。  永田死刑囚は東京都出身。連合赤軍の実質的なリーダーの1人だった。内部抗争の末、71年8月に仲間2人を殺害した「印旛沼殺人事件」、71年12月から72年2月にかけて「総括」や「処刑」と称して群馬県の榛名山などで12人を死なせた「山岳ベース事件」などにかかわり、72年2月に逮捕された。同月下旬に警察官ら3人が殺害された「あさま山荘事件」には関与していない。  同じく連合赤軍幹部だった坂口弘死刑囚(64)らとともに裁判を受け、82年に東京地裁で死刑判決。86年に東京高裁が控訴を棄却し、93年に

    nakakzs
    nakakzs 2011/02/06
    さすがにリアルタイムでは見てないがあさま山荘事件からもう40年も経つのか。