汗で曇ったレンズの向こうに、沈んだ群青色の海が見えた。はるか沖合を、一隻のタンカーが北に向かってゆっくりと進んでいる。全身をすっぽりと覆った防護服のせいだろうか、潮の匂いも浜に打ち寄せる波の音も聞こえない。 視界を遮るのは4機の原子炉建屋だ。冷温停止状態にあるとはいえ、実際に、その巨大な建造物と至近距離で対峙すると緊張が走る。手元の線量計の値はおよそ170マイクロシーベルト。東京のおよそ5000倍の数値を示した。 あの日、途方もない量の放射性物質を放出した巨大な排気筒が、虚空に向かってそそり立っている。重たく塞ぎ込んだ鉛色の空には粉雪が舞う。震災から5年。まだ「春」の足音はここまで届いていない。 (ノンフィクションライター中原一歩/Yahoo!ニュース編集部)