たいていの人は言動が矛盾しているもので、かまってほしいけどそっとしておいてほしいし、周囲に認められたいけど人の前には立ちたくないと感じていたりする。決して理屈には合わない正反対の感情を、いつも同時に抱きながら生きているものである。純粋に何かに打ち込んでいるつもりでも、どこかに功名心はある。物質では満たされないとおもっていても、やはりお金はほしい。そして、そう感じるとき、「かまってほしい」という気持ちも本当なら、「そっとしておいてほしい」という気持ちも真剣なのがややこしいところだ。ことほどさように、われわれは、ひとりの人間のなかで相反する感情がまったく同じように作用する状態を日常的に経験している。 サリンジャーの魅力は、作品内において相反する感情が同時に存在し、両極へと引き裂かれていく登場人物を多声的に描く小説を提示した点にあるのではないか。本書は、幼少期から晩年まで、サリンジャーの生涯をた