トンネルの壁から撲殺遺体が…「人柱」として埋められた、労働者たちの「無念」 この惨い犠牲を、忘れてはならない 日本の近代化が進んだ明治時代、北海道を中心に「タコ」と呼ばれる労働者がいた。半ば騙すような形で勧誘され、「タコ部屋」という宿舎に詰め込まれて外部との接触を断たれた彼らの実態は、【前編】『殴る、蹴る、労働者を「生き埋め」に…明治の「タコ部屋」のヤバすぎる現実』で見た通りだ。悲惨な環境で過酷な重労働に従事する毎日だったというが、時にはさらに惨たらしい方法で死へと追い込まれていった。 地元に残されてきた「言い伝え」 「タコ」と呼ばれた人たちの幽霊。それは間近で彼らの姿を見てきた地元の人々によって伝承された。 例えば北海道の東部にある厚岸郡厚岸町には「タコがつくった人形」という言い伝えが残されている。それによれば、タコ部屋の凄惨な状況を見たひとりの労働者が、人形師であった経験を生かして死ん