バラなんて、と、梢はずっと思っていた。バラの花束をもらうような出来事は、梢の人生には一度も起きたことがなかったし、あんな華やかで香りを撒き散らすような花が自分に似合うとはとても思えなかった。 合鍵で入った誠治の部屋の玄関に、内側が真っ赤な黒のハイヒールを見つけたとき、とっさに浮かんだのはバラの花だった。 誠治と一緒に半裸で部屋にいた女は、まるで生まれたときからそうだったかのようなきれいな茶髪を巻いていて、彼女が煙草の灰を灰皿に落とそうと腕を前に伸ばす度に、その豊かで柔らかなうねりが動いた。美しい動物のようだった。 話し合いにもならない話し合いに見切りをつけた彼女がさっさと帰ってしまったあと、誠治は梢に「結婚しよう」と切り出してきた。梢だってそのつもりだった。今日ここに来るまでは。 玄関にある自分の靴は、駅ビルで三千円で買ったバレエシューズ風のクリーム色のフラットシューズで、誠治が結婚に求め