1年ほどかけて描いていた二次創作の分厚い漫画がようやく完成しpixivにアップしたところ、今までで1番の好感触でたくさんのブクマをいただいて喜んでいたのですが、2週間かけて得たその評価を同じジャンルの人のらくがきに半日で追い抜かれ、私がかけた1年はなんだったのだろうと無力感に苛まれています。
当方、高校卒業まで虐待を受けて死ぬか死なないかの瀬戸際で気を張り詰め続けてた人間なんだけど 反骨精神で大学入学して親から離れて生活できたはいいものの、大学の知人友人の家庭環境や生活環境との差に衝撃を受けたり、フラッシュバック、うつ病等の新たな弊害が発症。 「普通の家庭で育ち性格も普通の元気な子」になろうと努力し、実際に他人からはそう見られたので側から見れば普通の人間関係が築けてたと思うんだけど、 見てくれを気にしすぎてついに倒れた。 実家が貧乏なので大学4年間は生活費を稼ぐためにバイト+ゼミで忙殺(学費はもちろん奨学金だよ!)だったので体力的にも死んでたし、就活ではまともなアピールポイントもなく(生存には長けてたとは言えないし)、さらに倒れる。他にも諸々あるけど割愛。 数人のまだ信頼はおけそうな友人と教授、恋人には、さっき書いた軽く過去と現状を伝えたが、ずっっっっっっっっっとどこかで慰めや
回答 (4件中の1件目) 十数年前に店長をしていました。 女性は別にして男性スタッフはそこでしか働けない人がたくさんいます。例えば前科あり、暴力団関係者、社会適応ができない人などなど。普通の人もいますが特殊です。 私はコミュニケーションが苦手だったので勉強がてら風俗が手っ取り早かったのでとりあえず働きました。大体のスタッフが能力が低いので半年で店長になりました。能力が低いと言うのは接客はできますが売り上げを上げる戦略を考えたり、広告戦略、女性の管理、店舗管理と言う経営に関わる部分です。 能力が低いということは他に仕事を振ることが難しいということでもあります。私は月に520時間くらい...
班長お疲れさま。周りの子たちの理解がない態度が悲しいね。私も独り言のように書かせて欲しい。 子供の頃は優等生タイプで物わかりも良かったので、障害学級に通う男の子と机を並べたり、ペアになったりすることがあった。物静かな相手だったし、嫌ではなかった。たぶん小学二年生のとき、風船にひまわりの種とお手紙をつけて飛ばすという行事があって、文章が上手くかけないその雄作くんの代わりに私が手紙を代筆して用意した。校庭に全員が揃って風船を飛ばした。極稀に風船がどこかにたどり着いて、返事が返ってくることがあった。そんな児童はクラスに1人か2人くらいで、それは鼻高々だった。そしてうちのクラスでは、かの雄作くんに3つ離れた市のおばあちゃんからお返事が届いた。クラスは一瞬沸いたあと、どうしよう…?という雰囲気になったのだと思う。私がまた返事を書き、以降、下島セツさんと私は10年近く文通をすることになった。 セツさん
世の中には2種類の人間がいます。お金関係にだらしない人としっかりしている人です。 ・レンタルDVDを返し忘れて延滞料を払ってしまいがち。 ・ポイント還元率も知らないままクレジットカードを使っている。 ・毎回コンビニで傘を買ってしまう。 「借金やギャンブルとか重度のものは別だけど、これくらいなら許されるよね」とだらしない派は油断しています。しかし、しっかりしてる派はこんな小さな無駄金も許せなかったりするのです。 金銭感覚については、お互いの考えはよくわからないもの。 ということで、今日はそんなお金関係だらしない派としっかりしてる派が徹底的に話し合う機会を設けました。 あなたはどっち? 0〜1個当てはまる……お金関係しっかりしてる派 2個以上当てはまる……お金関係だらしない派 「割り勘は下一桁まできっちりやる」「2年契約の解除月はカレンダーにセット済」 そんなあなたは彼らと同じお金関係しっかり
史上最年少でデナリ(6190m、米アラスカ州)の冬季単独登頂を果たした世界的な登山家、栗秋正寿(48)が、事実上の「引退」を表明した。九州工業大の山岳部時代の後輩である河原畑健の言葉が忘れられない。「結婚と子どもの誕生は山を辞める二大チャンス。でも栗秋さんは結局、(山へ)行っちゃいましたからね」。一流の登山家たちは命を落としかけても、再び、何事もなかったかのように山へ向かう。彼らが山を辞めるとき――。それは命を落としたときなのではないか。そんな不吉な思いにかられることがある。栗秋も同じだった。しかし、栗秋は無論、まだ生きている。彼はなぜ山を辞める決断をしたのか。きっかけは、2016年の人生初の遭難だった。(全3回/#2、#3へ) 「救助を要請するときは山を辞めるとき」 ――2016年4月、栗秋さんは、アラスカ州のデナリ国立公園にあるハンターという山で遭難し、救助されました。アラスカの山中で
いない?ちなみに自分がそう。 とは言っても、特に実家が金持ちとか顔が良いとかってわけでもない。 たぶん、とにかく周囲の人間に恵まれてた。あとは運とタイミング。 まず親が良かった。 父親は出世欲と物欲のない男で、万年係長。大河ドラマと将棋番組を見るのが趣味。家は古い社宅だったし、車も軽自動車だったけど「こだわりないから別になぁ」って感じだった。 母親は世渡りの上手な女で、40過ぎても更に年上のジジババから「〇〇ちゃん」って可愛がられるタイプ。 この両親、とにかく穏やか。夫婦喧嘩してるところを見たこともなければ、親子喧嘩もほとんどしたことがない。生まれてから高校卒業と同時に家を出るまでの18年間、我が家に怒鳴り声が響いたことはなかった。 家のローンや車のローンが無かったおかげで、奨学金を借りることも生活費を自分で稼ぐこともなく大学生活を満喫。バイトは大学の近くにあった本屋でしんどくない程度に小
https://anond.hatelabo.jp/20200924113225 読みましたがあなたが悪いです。このままあなたが変わらずに行くと100%離婚か仮面夫婦です。どうか最後まで聞いてください。 「察してちゃん」はやめましょうあなたが一番よくないのは、自他の境界線がないことです。あなたは夫が別の価値観をもった別の個体だと認識できていません。 人類はテレパシーによるコミュニケーションは取れないので、言葉をたくさん使って対話しない限りは別人と相互理解を深めることはできません。あなたはそれをサボタージュして、それによって生まれる齟齬を「夫の愛情不足のせい」と解釈しています。これは間違いです。 そして、私があまりにも「自分の気持ちをいわない」せいか、平気で他の女性友達の事を話してきます。「メンタルが弱い友達が自殺未遂をしたからお見舞いに行ってくる」「いってきた、元気そうで良かったし楽しかっ
小6の時に痴漢に遭った。 夏休みの早朝、飼育当番のために学校に向かう途中だった。 静かな住宅街で人通りはない。 蝉の声に混じって、背後からバイクのドッドッドッという音が聞こえてくる。 私の歩く速度と同じぐらいの速度のバイク。 近くでバイクを停めようとしているのかな?と思っていたが、視界の左端にバイクが入りこんできた。 さすがに違和感を覚えて隣を見たら、バイクに乗った20代と思しき男性が私の左胸をもみゅっと揉んだ。 驚きのあまり声も出ず、バイクが前方のY字路の右の方に走り去っていくのを呆然と眺める。 とにかく学校に行かなくては、と歩き始めてしばらくすると、今度はY字路の左の方から痴漢がこちらへ向かってくるのが見えた。 走って逃げても追いつかれるしどうしようどうすればと考えているうちに、痴漢は私の真正面にバイクを停め、私の胸にまたしても手を伸ばしてきた。 私はその手を払う。痴漢はまた手を伸ばし
作家・演出家の鴻上尚史氏が、あなたのお悩みにおこたえします! 夫婦、家族、職場、学校、恋愛、友人、親戚、社会人サークル、孤独……。皆さまのお悩みをぜひ、ご投稿ください(https://publications.asahi.com/kokami/)。採用された方には、本連載にて鴻上尚史氏が心底真剣に、そしてポジティブにおこたえします(撮影/写真部・小山幸佑) 写真は本文とは関係ありません(※イメージ写真/iStock) 鴻上尚史の人生相談。「息子は愛せるのに15歳になる娘はどうしても愛せない」と自身に苛立つ39歳母親。だが罪悪感を感じるという相談者に、鴻上尚史が訊ねたのは、相談者の文面で気になるいくつかの言葉。 【相談57】息子は愛せるのに、娘のことをどうしても愛せません(39歳 女性 母親失格) どうしても、娘を愛せません。15歳になる娘を、生まれた時から、愛せなくて苦しいです。何故だかわ
人間はロボットじゃないから、判断力は簡単に低下する。 病気、睡眠不足、貧困、暴力とかで、心が簡単に弱々しくなる。心が弱ってる時は、「都合の悪い可能性」を直視できなくなってしまう。だって、それを直視してしまったらもう、心が壊れてしまうから。 「損して得取れ」って言葉があるけど、それは余裕がある時にしか取れっこない戦略だ。 HPが10しかないのに「一旦ダメージを50食らう」なんて選択肢ない。HPが100ある人に「防御コマンド繰り返しててもジリ貧ですよ」「一旦ダメージを50食らって次のターンで攻撃しなきゃ勝てませんよ」とか言われたって、HP10の人は「そんなこと言われたって私には無理だよ……」と呟いて、防御コマンドを繰り返すしかない。 誰だって「自分は損している」「自分は馬鹿だ」なんて思いたくない。「自分は最良の選択をしている」と自分で信じたい。だから、本当は追い込まれて選択しているだけの「防御
私は小さい頃より人付き合いが苦手だった。 正義感が強く、向上心も向学心もあり、みんなで助け合えば世界は少しずつ良くなるはず。 そんな定番の盲目な優等生タイプだった。 本人がどんな気持ちかも大切だが、それ以上に再発防止や真実を明らかにすることの方が重要だと思っていた。 でも困っている人がいれば助けるし、一般的な義務は果たす。 甘い言葉よりも苦いアドバイスの方が、その先友人のためになるならと、後者を与えていた。 しかし、それをやると「人のことを考えていない」、「人はモノじゃない」だなんて言われる。 私としては、その人を本当に大切に思うからこその選択だった。 目先の雰囲気や厄介ごとや嫌われ者になることを回避するために、おざなりの対応をすることの方が人をモノとして見ているじゃないか。 嫌われても、今後友人が被る災難を1つでも減らすことが思いやりだと思っていた。 ……どうやらこのやり方は間違っている
夏休み後の生活に徐々に慣れてきたので、モヤモヤ対応を加速させることにします。今日は、「友人が楽に社会復帰しようとしているのが許せない」というモヤモヤです。 一人小町用のサムネ画像を頂きました。一の文字の上には鉈がキラリ。可愛い。 既婚子持ちの友人がローコストで社会復帰しようとするのが許せない 斗比主様 いつもブログを楽しく読ませていただいております。理恵と申します。今回、私のキャリア観の揺らぎについてご相談したいと思いメールさせていただきました。 私はある資格を持っていてその資格を使って仕事をさせていただいております。私は自分の興味のある研修に出たり本を読んだりして勉強しつつ、仕事をしてきました。その理由としてはスキルアップのためというのが大きいです。 しかし、先日友人と話してから私の中でなぜかスッキリしないものがあります。 その友人は、同じ資格を持ってますが、結婚し退職してから資格を使っ
本気になれない人には「当事者意識」が足りない - ゆーすとの日記 http://syuraw.hatenablog.com/entry/2013/12/05/183752 ここぞって時に本気になれる人となれない人の違いは、当事者意識の有無です。 人生には何度か「ここぞ」って場面があります。 そこで上手くいくかどうかでその後の人生が大きく変わってしまうような場面―― あるいはそこまでじゃなくても、重要な転機と思われる場面。 その時心の底から当事者意識をもって臨める人が「本気になれる人」、 そうでない人が「本気になれない人」です。 (略) 何をやるにしても、結局最後は自分の気持ちと本気度がものを言います。 戦術、戦略、テクニック、ノウハウ・・・どれも大事ですが、 それは自分の本気があって初めて活きるもの。 自分の人生なんだし、ここぞって時ほどきちんと当事者意識を持って取り組みたいものです。 「
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