2014年3月28日のブックマーク (2件)

  • 『専門家が答える 暮らしの放射線Q&A』日本保健物理学会|朝日出版社第二編集部ブログ

    東日大震災後、福島第一原発事故が起き、東北から日中、世界中に不安が広がり、放射能・放射線への関心が、命に関わる問題として大いに高まりました。そして、原発に賛成反対という立場で、実に多くのが出版されています。福島県で暮らす方々の不安はいかばかりか。さらに原発だけでなく、今も津波で行方不明になっているご家族を、立入禁止の20キロ圏内で捜し続ける方もいらっしゃいます。 私の故郷の石川県には、チェルノブイリの原発事故発生後に、世界で最初に建設された志賀原発があり、私が生まれ育ち両親が暮らす七尾市はその20キロ圏内です。活断層の問題もあり、不安な中で、多くの放射線関連のを読みましたが、原発賛成か反対かの立場で書かれたものは、主張を正当化するための資料が多いように思われます。 そんな中で、事故後の不安に基づく一般市民の多くの方々の率直な質問に対して、文部科学省の電話相談への協力から始まりウェブ

    njamota
    njamota 2014/03/28
    「「科学的に考える」とはどういうことかを学んだ」「世間からどんな目で見られようとも信念を貫き通してきた専門家集団の真摯な姿勢が窺え、感動さえ覚えた。これは本物だと信じ得た」
  • 「サッカーが勝ち取った自由―アパルトヘイトと闘った刑務所の男たち」

    アパルトヘイト体制下の南アフリカで悪名高かったのがロベン島刑務所である。ケープタウン沖11キロ、周囲は流れの速い潮流で航行上の難所であり、人い鮫がうようよして古くから多くの船乗りが犠牲になってきた。1959年以降南アフリカ政府はここに刑務所を設置し、ネルソン・マンデラを初めとした反アパルトヘイト活動家たちを多数収監して、受刑者たちに対する拷問、私刑、理不尽な暴力、精神的な屈辱などなどが絶え間なく与えられ、非人道的な管理体制が敷かれていた。現在、アパルトヘイト政策の象徴として「アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所」や「原爆ドーム」などと並び「負の世界遺産」に認定されている。 そんなロベン島刑務所で、1960年代に受刑者たちによって設立されたサッカー協会があった。書はそのマカナサッカー協会がいかにして誕生し、そして受刑者たちに尊厳を取り戻させ、自由と民主主義の精神を育んでいったかを描いた

    「サッカーが勝ち取った自由―アパルトヘイトと闘った刑務所の男たち」
    njamota
    njamota 2014/03/28
    「マカナサッカー協会は…FIFAの規程を厳格に順守した仕組みとして始められた…受刑者たちは政治家としてのスキルを徹底的に磨いていった…非人道的な刑務所という最悪の環境下に最高レベルの「民主主義の学校」」