難解だった「俊輔語」試合後に、「うれしい」「悔しい」といった類のコメントは聞いたことがない。だが、35歳になった中村俊輔は、とても雄弁になった。 横浜F・マリノスでの「前回在籍時」、背番号10をまとっていた中村の言葉は少々難解だった。まだ口下手だったし、実力・名声ともに十分な先輩がそろう中で、自身に過剰な注目が集まることへの遠慮も多分にあったはずだ。彼の頭の中では完結しているのだろうが、独特のサッカーの解釈を伝える「俊輔語」は、掲載するには補足を必要とした。 とにかく「勝った・負けた」に対する感情論は聞いた試しがない。Jリーグの試合後の取材のためのミックスゾーンは、時に講義の場になった。例えば、「ピクシー(ドラガン・ストイコビッチ現名古屋グランパス監督)は、ドリブルする時に相手DFに向かって仕掛けていく。そうすると、相手は取れないから」といった具合に。おそらく他の記者にとっても、プロ選手、