ノスタルジーの和訳を懐郷病という。その対象は必ずしも現実の住所のある土地でなくてもよい。本書は(おそらくは実在しないものへの感情をふくむ)強烈なノスタルジーと、それに対抗するような「今ここ」に自分を引き戻すテクニックを語ったエッセイ集である。「今」「ここ」を指向するのはノスタルジーにまかれて死なないようにするための反動か、それともただの嗜好としてか。 本書はおそらく「オルタナティブな生き方」みたいなテーマをもって編集されたノンフィクションである。私は、他人の生き方みたいなものはわりとどうでもいい。標準的な稼ぎ方だとか標準的な家庭だとか、そういった幻想は毎日台所の柳刃包丁で切って燃えるゴミの日に出しているけれども、そんなのもまあ、たいしたことではない。特段話題にする必要もない、毎日の台所仕事である。 そのような読み方をしたとき、本書はただ「今ではない時がいい」「ここではないところがいい」とい