1960年代にハンブルグで撮影されたマルギト・バッチャーニ(右から2番目)。ジョッキーと楽しそうにお喋り PHOTO: ALAMY / AFLO スイスで働いていたあるジャーナリストは、自分が貴族の家系で、伯爵夫人の大おばが家長としてみんなから尊敬されていたことを知っていた。だが、1945年にハンガリーのレヒニッツで催された「虐殺の晩餐会」のことは、34歳になるまで耳にしたこともなかった──。 2007年4月のある朝、スイスの日刊紙で働いていたサーシャ・バッチャーニのもとに、新聞の切り抜きを手にした同僚がやって来た。見出しは「地獄から来た女主人」。ドイツの日刊紙に掲載された調査報道だった。 同僚がなぜそんな記事を持ってきたのか、彼はすぐには理解できなかった。だが、女主人の写真を見た瞬間に気がついた。それは父方の大おば、マルギトだったのだ。彼女は一族から最大限の敬意を表され、いつも丁重に扱わ
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