僕が初めてタイを訪れたのは、1990年7月初旬。人生に忘れ物をしたような心境になっていた30代の僕は、急きょ会社勤めをやめ、再び日本には戻らないと覚悟を決めて旅立ったのだ。冷房のよくきいたドンムアン空港のターミナルビルから出たとたん、排気ガスまじりの熱風に包まれて息苦しくなったことを覚えている。タクシーでスクムビット通りに向かい、中級ホテルで2泊したあと、腹をくくって究極の安宿ジュライホテルに移動した。 その夜、ホテル前の屋台でたまたま同席したスキンヘッドの中年男性と親しくなる。彼はタイでの生活が長いらしく、この国の事情にも遊びにも精通していた。スキンヘッドの理由を聞くと、イサーン(東北タイ)地方にある寺院で数ヵ月間僧侶体験をしたことがあり、そのあとも坊主頭をつづけていると語っていた。いまではすっかり名前も忘れてしまった彼のことを、これ以後、元僧侶さんと呼ぶことにする。 その翌日の昼過ぎ、
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