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ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (8)

  • 逃走の作法 - 傘をひらいて、空を

    あけましておめでとうございますと私は言う。あけましておめでとうございますと彼女も言う。それから、生存に、とつけ足す。ほんとうにおめでたいことだねえと私は言う。私たち、生きてて、いろいろたのしくって、おめでたいねえ。Skypeの向こうの古い友人は少しだけ沈黙し、それから、ちいさく笑う。 彼女は路上にきわめて近いところから人生を構築した。私は彼女ほどきつい状況にはなかったけれども、心情的には類似のカテゴリに所属していた。だからまだ少女といっていい年齢で彼女は私を発見し、私は彼女を発見し、そうして、たがいを特別なものとして取り扱った。見た目の同じ動物たちのなかにあって擬態を見破られないよう始終気を張っているにせもの同士として。 彼女の生家は彼女の言うところのマイルドな地獄であり、彼女の話を聞くたび私はおおいに憤った。あなたはきっとすごく強くなると私は言った。強くなって、それで、そんなものぷちっと

    逃走の作法 - 傘をひらいて、空を
  • 減点式採点の段階的な廃止 - 傘をひらいて、空を

    同期のアシスタントについた派遣社員がとてつもないということで、愚痴を聞くために集まった。彼女ははため息をつき、あ−、だりー、とことのほか粗雑なものの言いかたをした。あのさあ、持ち上げるのと小馬鹿にするのを両方やるのって、当人の精神が不安定だからだと思うんだよね。あの人、やけに卑屈にしてみせるかと思うと、お酒の席で下卑た冗談言ったり「おっとヒラサカさんはお茶なんか汲みませんよね、俺が淹れて差し上げるんですかね?」とか言ってくるわけ。なんで私があいつの情緒不安定の相手をしなくちゃいけないわけ。あんたが年下の女のアシスタントになりたくないのはよくわかったけど、なんで私が、それに反応を示すと思えるの、って、訊きたい。 今まで示してもらえたんでしょうと私はこたえる。あるいは示してもらえるべきだと思っている。その人は現代人としてあらまほしき精神的素養の一部が欠落しているので、介助が必要なんだね、つまり

    減点式採点の段階的な廃止 - 傘をひらいて、空を
  • 満点の女の子 - 傘をひらいて、空を

    怒ってるの。子どもの声が言う。ごめんなさいと言う。視覚の認知と聴覚の認知の不調和に私は一瞬だけ眉根を寄せ、寄せきらないうちにここには大人しかいないと再度認識する。 私は彼女を見る。大学の遠い後輩で、ちょっとしたできごとのあと、ときどき話すようになった。彼女はこの春に大学を出て私と同じ業界に就職した。若い人に助言めいたせりふを言う自分がくすぐったくってうれしかった。彼女は会社勤めをはじめて身なりも話すこともずいぶんと大人っぽくまとまって、けれどもアイライナーがうまく引けないと言っていた。そのような女性と私は話をしていた。でもあれは十の子どもの声だった。二十三の社会人の声ではなかった。そういえば私が彼女に非難がましいことを言ったのは今日、ついさっきがはじめてだったかもしれない、と私は気づく。 私はうんとやさしい声をつくる。怒ってないよと言う。私の感覚ではちがうと言いたかっただけだよ。それにたと

    満点の女の子 - 傘をひらいて、空を
  • たったひとつの、冴えないやりかた - 傘をひらいて、空を

    どうやって治したんですかと彼女は訊いた。白い顔に宿命的な隈をはりつけ、どこかちぐはぐな印象の服装をした大学生だった。 十年前に卒業した研究室をたずね、恩師への相談ごとを終えてお茶を飲んでいると、もうちょっとここにいてと恩師が言う。会わせたいゼミ生がいてね、話したらきっと役に立つ先輩が来るからおいでって言ってあって、だから待ってて。 私と同じ業種を希望している学生の進路相談だろうと思っていると、顔色の悪い女の子がやってきた。自分のからだの半径一メートルを常に走査しているみたいな女の子だなと私は思った。通りいっぺんの自己紹介と無難な世間話を済ませると、恩師が学生のほうを向いて言う。 ほらあの、評価されるとだめになっちゃうっていう話、どうしてかわからないけど何か区切りになることをやり遂げたりするとそのあと具合悪くなっちゃうって前に言ってたよね、あの話がしたくてさ、俺ちょっと調べたんだよ昔、そうい

    たったひとつの、冴えないやりかた - 傘をひらいて、空を
  • 感情を外注する - 傘をひらいて、空を

    うれしかったのねと彼女は言う。そうだねと彼はこたえる。それからほほえむ。彼女もほほえむ。いやだったのねと彼女は言う。そうだねと彼はこたえる。それから彼らは眉間に皺を立てる。まったく同じ深さで。それが同じ深さになるまで三年と八ヶ月を彼らは要した。彼女がまずやってみせて、彼がそれにしたがう。それを繰りかえしたから、彼は今ではとても上手にそれができる。彼女さえいれば。 彼らはなるべく一緒にいる。できるだけ長いあいだ手をつないでいる。彼らはすでに睡眠をともにする権利を相互に付与しているので、一日に平均六時間はそれだけで確保される。そのほかに彼らは週末の平均一日半を確保している。残りの半日を彼らはどうしても調整できない。彼らには社会生活というものがあるからだ。出張、休日出勤、結婚式に葬式、病人の見舞い、避けられない親戚の集まり。 そんなものがあると彼らはひどく苛立つ。彼女が苛立ち、それから、彼が苛立

    感情を外注する - 傘をひらいて、空を
  • 彼女の悪い趣味 - 傘をひらいて、空を

    彼女は彼を甘やかすのがとてもうまい。彼女は彼の安い欲望の諸相を熟知している。持ち上げて。連絡して。連絡しすぎないで。呼んだら来て。顔色を読んで。きれいにして。安心させて。優越させて。頼るそぶりをして。好ましい内容で。 彼女はそれを軽々とクリアする。彼女の能力は高い。その程度のことは彼女の娯楽の範疇だ。甘い真綿を敷くように彼女は彼をいい気持ちにする。彼女の有毒であることは私の目にはあきらかだけれど、彼女はもちろんそれを彼に見せない。キャンディみたいなパッケージ、両端を引けばころりと落ちる。そんななりをしている。 彼が彼女を愛玩しはじめて、そう見えて実のところ彼女が彼を愛玩しはじめて、もうすぐ一年になる。夏になると彼女は、ねえ悪巧みがしたいなと言う。彼女は悪い企みごとがとても巧い。夏が来たからねと私はこたえる。彼女のそれは季節性の病だ。悪巧みのために彼女が彼を引っかけたのが去年の夏で、それはす

    彼女の悪い趣味 - 傘をひらいて、空を
  • 作文が終わらない - 傘をひらいて、空を

    七つの女の子と話をしていたら、作文が終わらなくて困っているという。彼女は小さい子にしては要領よくしゃべるんだけれども、なにしろ七歳は七歳なので、話がくどい。しかもしょっちゅう脱線する。最後まで聞いて推測するに、どうやら何を書いて何を省くかがわからないので作文が長くなっている、ということらしかった。 学校の授業の作文で七五三の話を書くことにして、けれども原稿用紙六枚書いてもまだ、当日の朝ごはんが終わらない。メニューとその匂い、湯気のようす、パンの焼き加減の好みに関する主張で六枚目が終わってしまった。今までのぶんを捨てて書き直すべきか、という意味のことを、彼女は言う。読ませて頂戴と言うと、ずいぶんとはずかしがってから、結局読ませてくれた。 八枚切りのパンを焦げるぎりぎりのところまで熱してからバターを塗り、しみこませてべる、ジャムはパンに塗るべきではない、ヨーグルトにいっぱい入れたほうがいい、

    作文が終わらない - 傘をひらいて、空を
  • 間がもたないデートと精神的な内臓 - 傘をひらいて、空を

    私が電話に出るなり、あのさ、彼氏とどんな会話する、と彼は訊いた。彼氏によると私はこたえた。相手によって話題は変わる、友だちと何しゃべってんのって訊くのと同じで、具体的な内容を答えられる質問じゃないね。 めんどくせえ女だなあ、今までの誰かひとり適当に見繕って答えてくれってことだよ、空気読め、と彼は言った。なんで私があなたの吐いた空気を読む義務があるのと私は訊いた。彼は楽しそうに笑った。彼は会話の中で軽くやりこめられるのが好きだ。 私は携帯電話を耳に当てたままベッドに寝そべって話す。まずは好きって言うよね。そんなん一秒で終わるだろと彼は言う。二文字じゃん。わかってないなと私は言う。好きにもいろいろバリエーションがあるの。褒めるとか。人によってはなに着ててもまずは褒めてくれる。なにも着てなくても褒める。どうかすると電話に出ただけで「相変わらずかわいいねえ、声がとても」とか言う。 狂ってると彼は言

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