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宇宙に関するoisaのブックマーク (7)

  • イーロン・マスクのロケット製造5つのステップがサイコーだった

    イーロン・マスクが YouTube チャネルでスペース X のテキサス工場スターベースの中を歩き回りながらロケット製造や電気自動車について説明しているのを観た。ツイートしたこの件。 これがめちゃくちゃに示唆に富んでいて面白かった。この日のイーロン・マスクは饒舌で楽しそうなので、かなり魅入ってしまった。きっと彼はカンファレンスや会議室の中でインタビューを受けるよりも、工場でみんながロケット作ったり作業している場で語った方が情熱を込めていろいろ説明してくれるんだと思う。 この中で製造工程の話があって、これはロケット製造などの特定分野だけでなく、IT やその他の分野にでも当てはまる普遍的な知見だと思ったので意訳してみた。ざっとビデオを観て印象に残った部分だけを意訳した。あくまで大枠で言ってることをまとめただけなので、もし詳細に興味があればぜひビデオを観てイーロン・マスクの話を直接聞いて確認してく

    イーロン・マスクのロケット製造5つのステップがサイコーだった
  • 太陽系消滅までの22分をループし続けるオープンワールド宇宙ADV「Outer Wilds」がとんでもない傑作だった|てっけん|note

    さて、貼るものは貼ったのであとは好きに書く! ネタバレはないので安心してお読みください。一応、ゲームライターマガジンの今月のテーマ【ゲームのなかで旅行に行こう】にちなんでいます。 太陽爆発までの22分を繰り返す、オープンワールド宇宙アドベンチャー ゲーム内容についてあらためて説明すると、「太陽系消滅までの22分間を繰り返しながら、宇宙を隅々まで探索しループの謎を解くゲーム」といったところ。プレイヤーは4つの目を持つ半魚人のような種族「ハーシアン」の新米宇宙探査員となり、念願の宇宙探索へと出発。しかし、やがてこの星系がきっちり22分後に“ある理由”で滅びてしまうこと、そして自分だけがなぜか「最後の22分間」を延々ループしていることに気付く――。 1枚目:半魚人のような種族「ハーシアン」 2枚目:主人公が乗る宇宙探査船。わりとすぐ壊れる 3枚目:滅亡5秒前(左に見える青白い光が太陽) Twit

    太陽系消滅までの22分をループし続けるオープンワールド宇宙ADV「Outer Wilds」がとんでもない傑作だった|てっけん|note
    oisa
    oisa 2020/05/30
    ビル・マーレイのGroundhog Day(邦題: 恋はデジャ・ブ)が好きなので買い。 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/恋はデジャ・ブ
  • はやぶさラストショット (c)jaxa

    はやぶさラストショット (c)jaxa

    はやぶさラストショット (c)jaxa
    oisa
    oisa 2010/06/14
    おかえりなさい。そしてありがとう。
  • 惑星の旅

  • 空飛ぶ男子トイレ

    かつて筆者の後輩が、ある面白いことを“発見”した。彼いわく、 「先輩、大が出にくいときはウォシュレットをマックスにしてケツの○からガーーーーッ!と注ぎ込むんッスよ。これが何とも言えない感覚なんですが、次の瞬間、バーーーーーーッと一気なんッスよ!いやマジで!」 聞いた瞬間、久しぶりの大爆笑をしたのだったが、今思えば、彼こそソユーズの乗組員にふさわしい。ロシアのソユーズ宇宙船に乗り込む前には、浣腸して空っぽにしておく必要があるからだ。 ソユーズ宇宙船は打ち上げ後、国際宇宙ステーションに2日ほどで到着する。それまでの間、大便に関してはそもそももよおさないよう、腸を空っぽにしておくのである。しかもその浣腸が、イチジクナントカのようなちゃちなものではない。太いパイプを突っ込まれて、生理塩水を1リットルほど強制注入されたあげく、便所に駆け込むという“荒行”なのだ。(笑) ここでは、宇宙飛行における用

    oisa
    oisa 2009/12/22
    これは笑える。本人たちにとっては笑えないと思うけど・・・
  • ソユーズ1号

    男の友情 1966年1月。ソ連の宇宙開発を主導していたコロリョフの死は、現場を大混乱に陥れた。彼の存在は、あまりにも大き過ぎた…ライバルであったグルシュコが彼の死をどう感じたかはわからないが、そう急に、彼の力で収拾できるものではなかった。 しばらくの混乱の後、第一設計局の長として、長年コロリョフと行動を共にしてきたバシーリ・ミーシン(Vasili Pavlovich Mishin)が任命された。彼はコロリョフがドイツに視察に赴いた際(開発史(4)参照)からの盟友で、コロリョフの主席補佐を務めてきた。技術者としての力も強く、R-7ロケットを作り上げたのは、実質彼だとまで言われる。 当時、ソ連の宇宙開発は行き詰まりを見せていた。1965年のウォスホート2号の飛行が危機一髪だらけであったことから、同型の宇宙船への信頼性が揺らぎ、その後の計画が疑問視されていた。ミーシンの初仕事は、それらを正式にキ

    oisa
    oisa 2009/12/21
    野口さんの乗ったソユーズの裏には、過去にこのような失敗の歴史がありました。
  • OrbTrack - online satellite tracker

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