代官山クリニックがあった場所 「代官山クリニック」2 会社には、「漫画制作部門」があった。部長はTK田氏、隔週青年誌YCで連載をしていた。リアルな時代劇で、歴史学者から、漫画なのに歴史的事実に元づき時代考証がしっかりしている、と言われていた。 そのTK田氏の下に、4人のチーフがいた。 一般週刊誌Pに時代劇画(当時は劇画と呼称していた)を連載しているKS見氏、半年前まで青年劇画誌に連載を持っていたHY崎氏。青年劇画誌Pに刑事物を連載しているS作K氏、そして少年週刊誌Sに連載を持っているYK山氏がいた。 皆、有名な劇画作家TS藤先生のプロダクションにいたメンバーが、独立し作った会社だった。 名をスタジオ・オリオンとよんでいた。 会社の組織もTS藤先生のプロダクションとほぼ同じだった。チーフの下にサブ・チーフがいて、その下にスタッフがいた。そして漫画制作部には資料室なるものもあった。 シナリオ脚