周りの男子すら見ず、夢しかみていない女子は本物の恋を掴めるのか?... 2018年09月26日 この物語は、“憧れ”ばっかり女子が、本物の恋を、本物の彼氏を見つけていくストーリー。 物語の主人公は年末のカウントダウンイルミネーションに行くことを夢見る女子高生、小桜ののか。 高校生になりすぐ...
※この記事は2014年10月04日にマンガHONZ(運営:株式会社マンガ新聞)にて掲載した記事の転載になります。 レビュアー:佐渡島 庸平 本は、鏡だ。 読みながら自然と浮かび上がってくる感想は、自分の心の状況を教えてくれる。 『キャプテン』という作品に没頭しながら、僕は、僕自身について学んでいた。 ちばあきおの『キャプテン』は、スポーツマンガの名作中の名作だ。 最近のマンガと比べると、絵があっさりしているかもしれない。しかし、水墨画のように洗練されて極限までシンプルにした絵で、誰にでも描けるものではない。一コマを選び取ってみて見ると、シンプルな線ながら、その選手の骨格、動きの俊敏さ、力強さが、全部、絵から伝わってくる。そして、一人、一人の選手がしっかり描き分けられている。時代の流行を追いかけた絵ではなく、本当にうまい絵だから、このマンガは、さらに100年後に人が読んでも、絵が古びていると
「魔がさした」ーー世間を震撼させるほどの大事件を起こした人物が、このようにコメントしたことを聞けば「何を寝ぼけたことを」と思うのが普通だろう。だが、昨今のように専門や嗜好といった圏域が高度に細分化した世の中において、同質の集団による無菌状態、あるいは無法地帯を作り上げることなど容易なことである。たとえそのような状況下にあったとしても、人は清廉潔白で居続けられるのか。 本書の「魔がさす」には、空虚な自信など容易に打ち砕くようなリアリティがあった。これは僕の話なのかもしれないし、あるいは僕の周囲にいる隣人の話なのかもしれない。 2000年10月に発覚した旧石器捏造事件については、ご記憶の方も多いだろう。当時、論争の巻き起こっていた旧石器時代の存在をめぐり、在野の考古学研究者・藤村新一は次々と旧石器を発見し注目を集めていた。藤村の行く先々で次々に前期旧石器が出土し、「神の手」「ゴッドハンド」など
やくざ映画にドンパチはつきものである。だが、映画と全く同じシチュエーションで実際にモデルとなった組長が殺害されるーーそんなミステリーさながらの事件を引き起こした、前代未聞のやくざ映画があった。 映画『北陸代理戦争』は、”北陸の帝王”と呼ばれた福井川内組組長、川内弘をモデルにした「東映実録やくざ映画」である。映画と現実が連動し、シナリオが進行中のやくざの抗争に影響を与えたという逸話のインパクトは、他の追随を許さない。 この映画、様々な意味で曰くつきの映画と言われている。当初は、東映のヒットシリーズ『新・仁義なき戦い』の最終作として企画されながら、主演の菅原文太が降板したため、『仁義なき戦い』のタイトルを外される。撮影が始まるや否やトラブルが続出し、予告編に登場する渡瀬恒彦は事故のため映画に出演していない。挙句の果てが、俗に三国事件と呼ばれる事件での新聞沙汰である。 そして事件が起こるまでの経
落合博満が、映画を語る。これだけでも十分に意外性があるのだが、そこで紹介されている映画がさらに意外なものばかりであったから、二重の意味で驚いた。 現役時代はオレ流を謳い、監督時代は日本シリーズで完全試合目前のピッチャーを降板させた男。そんな数々のエピソードから、どんな極論で煙に巻くのかと思いきや、ベタとも思えるような超定番作品が相並ぶ。紹介されているのは、三船敏郎からジブリ作品、『チキ・チキ・バン・バン』から『アベンジャーズ』まで。これらの作品をまるで野球帽をかぶった少年のように、嬉々として語るのだ。 「映画との付き合いは野球よりも長い」ーーそんな落合博満の嗜好性を簡単にまとめると、監督ではなく役者で映画を選び、その基準はカッコイイかどうか。時代の風雪に耐えてきた「偉大なるマンネリズム」をこよなく愛し、同じものを時間を置いて何度も見るといったところだろうか。 たとえばマカロニ・ウェスタンに
本好きにとってこの号は間違いなく買いだ。特集は「本屋好き。」記事の1本目「わざわざ行きたい新しい本屋のカタチ」では品川駅ecuteの「PAPER WALL」、下北沢の「DARWIN ROOM」などの本屋を紹介している。 続いての記事は「なぜ、京都の〈恵文社一乗寺店〉は、わざわざ全国から客が訪れる本屋なのか?」。店内の写真に見入ってしまう。もはや本屋そのものが出版物である。面陳(表紙を見せる陳列)と棚刺し(背表紙を見せる陳列)の絶妙な組み合わせ、新刊と古書、文庫本と単行本の並列など、見開き3ページだけで15分ほどかけて、なめるように見てしまった。 それ以降の記事もとても面白いのだが、さらに「この100ジャンルに強い100書店」という別刷りの綴じ込み付録がついている。嶋浩一郎氏と内沼晋太郎氏の「まだまだあります、一度は行きたい名書店」という対談も適切。 読みすすめるにつれ、3軒の特色ある書店を
音楽ソフト(CD、DVDなど)の売り上げ低下、アイドルたちに独占されるヒットチャート、若者の音楽離れ。音楽業界には悲観的なニュースが飛び交っている。日本ではもう新たな音楽は生まれていないのか、ぶつける先のない思いを音に託す若者はいなくなったのか。もちろん、そんなはずはない。 著者である都築響一は、今いちばん刺激的な音楽は地方から発信されているという。大手レコード会社やマスメディアの集まる東京から遠く離れたストリートで、自らが生まれ育った街にとどまり、刺激的なビートにリアルな言葉を乗せているラッパー達がいるという。 彼らはどのような人生を歩み、どのようにヒップホップと出会い、なぜ今でも地方でラップを続けているのか。著者は、札幌、山梨や京都など全国各地に赴く。599ページにわたる本書には、15名のラッパーたちへのインタビューとともに、彼らのリリック(詩)が多数掲載されている。彼らが住む街、ライ
日本が最後に経験した戦争は第二次世界大戦だ。召集兵が大規模に集結し、いく度かの大会戦を経て雌雄を決する。日本人が経験し、あるていど皮膚感でわかることのできる戦争は、この当時のままで止まっているように思う。むろんそれは素晴らしいことだ。しかし、時代は移り現代では非対称戦争の時代といわれて久しい。ゲリラ、テロなど目に見えない敵と、何時どこで戦闘になるのかわからない。そんな戦争が世界のあらゆる場所で展開されている。そのような戦場で活躍する者達。それは凄腕のエリート兵で組織された特殊部隊だ。 特殊部隊が誕生する経緯は国によって様々だ。特に変わった経歴を持つものがドイツのGSG-9。この部隊はミュンヘンオリンピックの人質事件がきっかけで誕生している。ナチスの記憶が生々しかった当時の西ドイツでは、軍国主義を彷彿とさせる組織を過度に敬遠していた。そのために、犯人グループ「黒い九月」に対抗することができな
「沖縄軍人妻」。響きがたまらない。実は完全なタイトル買いだ。凛とした中に、日活ロマンポルノのタイトルにもなりそうな色香を感じられる。これほど魅惑的な5字の漢字があったのか。「沖縄軍人妻」。 版元は京都大学学術出版会。堅そうである。実際、本書は学術書だ。ポルノ云々言ったことを謝るべきだろうか。私の本棚では圧倒的な存在感を放ち、すでに浮いている。 とはいえ、本書は学術書にありがちな修飾句の多様などによる読みにくさとは無縁だ。沖縄の米軍兵士と日本人女性との結婚、離婚を考察し、まとめたものだが、インタビューの内容に基づいて構成されているため、肩肘張らずに読み進められる。 沖縄の海兵隊基地で米軍兵士22人と、米軍兵士と結婚した日本人妻50人にそれぞれ出会いから結婚までの過程や、親族つきあい、老後の生活設計から性交渉の状況、基地問題に対する考え方までを聞き取り調査している。基地内の創価学会ネットワーク
竹本住大夫の自伝である。おなじみ日本経済新聞「私の履歴書」の書籍化だ。ちなみに近年「私の履歴書」で最も面白かったのは李香蘭すなわち山口淑子だった。本書は次点だが、経営者の自叙伝の何十倍も面白い。何万倍かもしれない。つまり経営者の自叙伝などはことごとく面白くない。そういえば佐野眞の『甘粕正彦 乱心の曠野』などは李香蘭の自伝を読んでからのほうがはるかに面白いはずだ。話が脱線した。 竹本住大夫は義太夫節の大夫である。三味線弾きと二人で人形劇である文楽に登場し、物語の一切を語るのが大夫だ。住大夫はその最高峰なのだ。もちろん人間国宝だ。義太夫節とは大阪弁丸出しのダミ声でわめくような感じの日本独特の歌唱法である。あまりに独特なので初めての人は面食らう。ともかく何を言っているのかさっぱりわからない。しかし、慣れてくると、これがじつに素晴らしいのだ。 ところで本書によれば、竹本住大夫は奈良の薬師寺の故高田
人類200万年の「戦争の謎」のほとんどに答えを出そうとする野心的な本書は、上下巻合わせて996ページ、総重量1.2kg、翻訳者13名、そして7,560円という規格外のボリュームである。全17章から成る本書は3部構成となっており、それぞれが「戦争は人の本能か、それとも文明による発明か?」、「戦争と文明の発展はどのように相互作用したのか?」、そして「近代化は戦争をどのように変質させたのか?」を主題として、戦争にまつわる多くの謎に光を当てていく。 そのボリュームに比例して、本書の考察対象は途方も無く広いものとなっている。時間軸で見れば、武器すら持たない狩猟採集民時代から核・生物兵器によるテロの恐怖に怯える現代まで、地理的に見れば、先史時代の手がかりを残すオセアニアや南北アメリカから世界の覇権争いを主導したユーラシア大陸まで、学問領域を見れば、人類の本能を辿る人類学から制度と現象の因果関係を考察す
出所)The Third Assessment Report of The Intergovernmental Panel on Climate Change, Chapter 2, Figure 2.20 これは世界で最も有名な科学データの1つと言えるだろう。“ホッケースティック曲線”と呼ばれ、地球温暖化を示すこのデータは世界中で大きな論争を巻き起こした。本書の著者は、1998年にマイケル・マン、マルコム・ヒューズと連名で『ネイチャー』誌にこの図の元となるデータを発表したレイモンド・S・ブラッドレーである。 本書では世界中の科学者、政治家、メディアを巻き込んだ一大論争を、その中心にいた著者が時系列で振り返りながら、ホッケースティック曲線の妥当性を古気候学の立場から説明している。温暖化懐疑論の1つ1つに冷静に反論していくというよりは、自分達に向けられた批判に対して皮肉と怒りを思いっきりぶつ
現在、日本に「職業は小説家である」と胸を張って言える人は何人ぐらいいるのだろう。あなたの身内や友だち、知り合いに小説家はいるだろうか?私のような特殊な事情(小説家の秘書だった)とか、文芸編集経験者ならともかく、出版社に勤めていても小説家の知り合いなどほとんどいない場合が多い。 では「小説家になりたい」という人はどうだろう。実はかなり多くの人が小説家になりたいと思っているのだ。 各出版社はどこも新人賞の募集をしている。本書によると200以上の賞が存在しているらしい。ということは、最低でも毎年200人ぐらいの作家が誕生していることになる。ではその新人の中で生き残れるのは何人か?本書の著者、大沢在昌は「せいぜい、ひとりかふたり」という。 HONZのメンバーも読者も、あまり小説を読まないようだが、さすがに大沢在昌という作家の名前ぐらいは知っていると思う。前推理作家協会の理事長であり、『新宿鮫』シリ
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