日付が変わりましたね、琴子の生まれた日になりました。 でもまだ生まれていません。 7年前の11時過ぎに生まれました。 そして、午後には死んでしまいました。 だからまだおめでとうでもないし、死んでしまった時を迎えて詫びるのには早いのです。 こういうことを話すと、自然出産を薦めたいだけの方からは 「あなたはまだ子供の死を受け入れられていない、可哀相な人だ」 と優しい言葉で罵られます。 でも他所で話しているのを見ていると、病院で無事に生まれた母子に「きっと暴力的なお産だったでしょ? 酷いお産だったでしょ?」と近付いている様子ばかりです。 おかしいですね。 子供が死んでしまうことよりも、私を待たせるなんてふざけてる、私を一番大事にしてくれなかった!というようなこと(ですよね?)の方が大事だなんて、おかしいですよね? 無介助分娩の問題により、多くの方のご意見を目にする機会に恵まれました。 私からして