「文學界 6月号」より千木良悠子さんの批評「小説を語る声は誰のものなのか―橋本治「桃尻娘」論」の冒頭をお届けします。 「文學界 6月号」(文藝春秋 編) 1、愛は理屈じゃない、なんてことはない 私の一番好きな小説は「桃尻娘サーガ全6部」(1978―1990年、以下「桃尻娘」)だ。文学の傑作は世界に星の数ほどあるにしても、こればっかりは特別だから仕方ない。中学1年とかそんな時期に出会って以来、約30年も繰り返し読んできた。今もシリーズ6冊のうちのどれかを開いて数行読むだけで脱力して笑ってしまうし、思わぬ箇所で泣けてくる。そんなに好きなのに完全に分かった気はしなくて、まだ理解度は8割程度だと思っている。 橋本治の小説では一番有名で、思い入れのある読者も多いはずなのに、先行批評の数は少ない。批評家には「女子高生の話し言葉による青春小説だから、深刻に論じるものではない」と思われてきたのかもしれない