ブックマーク / kensuu.com (2)

  • インターネット時代の罪と罰のバランスはどう取るのがいいんだろ?|けんすう

    ほとんど、というか99%が、内容をちゃんと読んでいただいた上で、賛同してくれたり、ちゃんとしたご意見をいってくれたりしたのですが、やはり反対派の意見としては「批判することが萎縮するのはよくないのではないか」「悪いことをした人が、自分への批判を避けるために、この記事が使われるのではないか」ということでした。 これは僕も当に悩んでいて、どのくらいの批判量が最適なのか・・・というのがわからないのですが、迷っていても答えがでない気がするので、今回も今考えていることを書いてみたいと思います。 --- 🐷 予防線 🐷 --- テーマとしては「罪と罰のバランスをどう考えるといいんだろ?」ってことで、基的には前回書いた記事と大差ないです。あとちょっと長いですが、たいした結論はでないので、同じ課題感を持った人が、思考の整理をするために読む、程度くらいしか価値がないと思います。 --- 🐷 予防線終

    インターネット時代の罪と罰のバランスはどう取るのがいいんだろ?|けんすう
    outalaw
    outalaw 2020/06/15
    情報をコントロールする仕組みが必要で、具体案をキーワードだけ書くと、サーキットブレーカー的なもの、名誉回復といった正の情報をフィードバックするメディアと司法を紐付けた座組、実名とアカウントの紐付け。
  • 誹謗中傷かどうかよりも、批判の量のほうが問題じゃないかなという話|けんすう

    悲しい事件がおきて、インターネット上での誹謗中傷が問題になっています。 「自分も誹謗中傷されて困っている」「誹謗中傷をやめて」などと、有名な人たちが発言したり、テレビで「SNSが問題だ」と特集組まれたりしています。 で、それに対する解決策がいろいろなところで書かれていますが・・・。 20年くらい、インターネットコミュニティ界隈にいて、自分でも運営をたくさんしてた経験からすると、割と的外れなものも多いんじゃないかと思ったので、筆をとります。 当はこういう話題を取り上げるのも好きじゃなく、書いても自分にはメリットがまったくない上に、批判を浴びそうなので気がのらないんですが、、、なんとなく書いたほうが社会が前に進む可能性があるなと思ったので書いてみます。 誹謗中傷と批判を分ける意味があまりない結論からいうと、「誹謗中傷と批判をわけてちゃんと考えよう。」みたいな言論を最近良く見ますが、これはあま

    誹謗中傷かどうかよりも、批判の量のほうが問題じゃないかなという話|けんすう
    outalaw
    outalaw 2020/05/28
    量が暴力になる一方で批判がないのというのも不健全であるというのはそうだと思います。技術的に一旦バッファしてフィルタリングや集約して受け渡すみたいなことができるといいですが。
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