よく晴れた日曜日、通り雨が風を運んできた。葬儀屋が慌しく祭壇を飾り付けている間、家族や親戚一同が控え室に集まって茶を啜り「ここにいないのが不思議だね」なんつってぼんやりとした虚脱感に包まれる。昨夜まで棺桶に入れられていた肉体はすでに焼かれて骨壷に納められていて、もうその姿は記憶の中でしか触れることができず不在感は強まる一方で、五感から切り離されたことによって悔しさ混じりの喪失感はいくぶん弱まる。やがて葬儀の担当者がやってきて葬儀のタイムスケジュールなんかを淡々と説明していく。告別式に向けて早めの昼食をとり終えると弔電を読み上げる順番なんかを決めていって束の間のぼんやりとした時間が終わり、また慌しく葬儀の時間の流れの中へ引き戻される。その忙しさが明日から始まる毎日へ哀しみを持ち込まないためのろ過装置のようなものになっている。そんな気がする。 告別式の開場時間まで30分となったあたりで、予定が