金子直吉は、若きエースと恃むロンドン支店長、高畑誠一に「この戦乱の変遷を利用し、大儲けをなし、三井三菱を圧倒するか、しからざるも彼らとならんで天下を三分するか。これ鈴木商店全員の理想とするところなり」と「天下三分の書」を送った。 だが……、長い塹壕が掘られ、硬直していた欧州戦線は、アメリカの対独宣戦布告で動きだした。ヨーロッパの紛争に距離を置くモンロー主義を貫いてきた米国も、ドイツの無制限潜水艦攻撃で自国民の命が奪われ、ついに戦争に加わった。大戦中に産業力を向上させた資源大国アメリカの参戦は、疲弊していた英仏にとってまたとない朗報だった。長いトンネルの先に光明がさしてきた。 大戦が終われば、世界経済の潮目が変わる。それは、いつなのか……金子が神経を研ぎ澄ませていたところに、第一波の衝撃が及んできた。 1917年8月、米国は、「鉄材輸出禁止令」を公布したのだ。参戦によって船を失い、他国に鉄材