第3回 軍師・竹中半兵衛と信長&秀吉 講師は 垂井町教育委員会の亀田剛広(たかひろ)氏です。 竹中半兵衛(重治・重虎)は 父・重元が城主であった 大御堂(岐阜県揖斐郡大野町)で 生まれたとされています。(有力説) 重元が斎藤氏に仕えていたことから 稲葉山城下に居を構えて いたので 半兵衛はここで誕生したのではとの説も・・・ ☆ 半兵衛と信長 桶狭間の戦い後 1561年(永禄4年) 信長の美濃攻略が本格化します。 しかし 「十面埋伏」の陣を敷いた半兵衛に敗退させられます。 その後 主君・龍興の行いを諌めるため稲葉山城を乗っ取る。 信長は半兵衛の才略を賞し 「稲葉の城を我が方へ進上するよう」にと 半兵衛はその申し出でを断り 興龍に返上し 故郷へ戻り隠居の身となる。 ☆ 半兵衛と秀吉 半兵衛の蟄居の地へ秀吉が訪ね 信長への臣従を勧めること三度 (三顧の礼) 三度目にようやく 信長ではなく秀吉なら