増田の言いたい事からはズレるけど… ヒットの法則が昔よりも複雑化してるのかなぁ。 かつては「自分だけに刺さる感覚」として、作品と自分だけのパーソナルな体験を築いていたのに、インターネットによってその繊細な感動は自分だけのものじゃないってわかったこと。 それはそれで「共有する楽しみ」も得られたんだけど、同時にその複雑な感情の機微が「エモさ」として商業的に量産されるようになった、というか。 与えられる体験に心は動かされるけど、踏み込まれたくない感情の機微をもテンプレート化されるような気がしてしまうのは…結局のところ天邪鬼ってことなのかな。