成人教育の危機から「生涯学習」へ 前回は、ウィリアムズが上記のように成人教育を実践し、それについて書いていた時代とその直後(1950年代から60年代)に、そのような理想としての成人教育はすでに危機を迎えていたと述べた。 その危機にはさまざまな様相があるが、ここで重要な変化は、それが労働者階級のためのものではなくなり、分かりやすく言えば現代の「カルチャースクール」風の、中流階級の余暇の「教養」のようなものへと変化していったことである。 少々勇み足に言えば、おそらくこの辺り出てきた「教養(culture)」に、現代の私たちが考えるような意味での「教養」の始まりを見ることができるだろう。つまり、例えばビジネス書がある種の「教養」を求め、また教養本として消費されるような意味における教養である。これについては後の節で詳しく検討する。 それはともかく、1930年代にはWEA(労働者教育協会)受講者のう