「警察や検察で事件のストーリーが作られてしまう」 玄関を開けると、はにかんだような柔らかい表情を見せる大野曜吉が、「ああ、こんな所まで足を運んでくれて、ありがとうございます」と言って出迎えてくれた。10年ほど前に知り合ってから全く変わらない。 大野は日本の法医学分野で知らぬ者がいない著名な法医学者である。事件史に残る業績を残している人物だ。 私は、新型コロナウィルス感染症の感染状況が小康状態になったタイミングで大野と会うため、こぢんまりとした賃貸マンションを訪問していた。 というのも、2019年3月いっぱいで日本医科大学を定年退職した大野が、そこにひっそりと「法医学相談室」なるものを開設したと耳にしていたからだ。 大野と私は、マンションの一室で、お互いの近況を報告し合った。 その流れで、どうして退職後も法医学にかかわる仕事を続けているのかと質問すると、大野は「まあ、やり残したことがあるって