咲き満ちてこぼるゝ花もなかりけり 高浜虚子 桜が咲きみちて、一つとしてこぼれる花もないことだ。 咲きあふれひとつの花をこぼすなし 長谷川素逝(そせい) 桜が咲きあふれ、一つの花をもこぼすことはない。 この二句、ほとんど同じ中身です。仮に「句合わせ」でこの二句が競ったらどちらに軍配をあげるでしょうか。私は虚子の句を勝たせたい。なぜならば「咲きあふれ」より「咲き満ちて」のほうが正確な表現だから。「満ちて」は満開という意味。すべての蕾(つぼみ)が開花している。いっぽう「咲きあふれ」の「あふれ」は少し大げさです。溢(あふ)れたらこぼれるはず。にもかかわらず「こぼすなし」としたのは少し変です。ズバッと言い切った「咲き満ちてこぼるゝ花もなかりけり」のほうが句として力強い。 素逝は虚子の弟子。咲き満ちた桜の句の対戦は虚子先生の勝ちですが、素逝の句も秀作です。この句と並べて素逝はこんな句を発表しています。