疑問「新幹線駅の設置により大発展を遂げた佐久市と、信越線特急の廃止により衰退した小諸市」という話を、聞いたことや目にしたことがあるでしょうか? この話は、整備新幹線の功罪の例として、また両市の駅名騒動のオチとして、ブログやSNS、センセーショナルなタイトルの解説動画などで語られることがあります。 その中で、小諸市に新幹線駅が設置されなかった経緯として、以下のエピソードが語られる場合があります。 「新幹線駅は、佐久市ではなく小諸駅に併設する計画だったが、駅用地の一部が小諸城(小諸懐古園)にかかるため、市長や市民(又は市民のみ)が反対して流れた」 小諸城(小諸懐古園)の三之門。 小諸城のみならず、小諸市を象徴する史跡。小諸駅の自由通路から上田方を見る。 確かに小諸城(左)と近いが……?このエピソードについては、いくつかの解説動画等で公然の事実として語られていますが、以下の点で疑問が残ります。