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ブックマーク / 1000ya.isis.ne.jp (5)

  • 0731 夜 | 松岡正剛の千夜千冊

    雲。その雲がゆっくりと湧いている。その雲に、山村暮鳥は石鹸を見た。その自在な形の動向に夢中になったり興味をおぼえたりする者は少なくない。少年マックス・エルンスト(1246夜)はそこに「時の誕生と落下」を読む。宮沢賢治(900夜)はそこにカルボン酸の夢を見た。それなのに子供のころの白隠はこの雲の姿に無常感を見た。 元禄12年は、白隠15歳。のちにここに住むことになった原(沼津)の松蔭寺の単嶺和尚の門に入って慧鶴を名のり、無常の正体を知ろうとしたのだが、和尚は2年後に遷化した。やむなく近くの大聖寺に入った。けれどもいろいろ尋ねても無常の正体など、いっこうに埒があかない。そこでいったんは儒に走ろうとして、美濃不破郡の馬翁という和尚のところに赴いてみるのだが(大垣瑞雲寺)、やはりどうにもほど遠い。詩文ばかりに熱中した。ただ馬翁が書籍の虫干しをしているときに、ふと『禅関策進』の一節に出会った。「引錐

    0731 夜 | 松岡正剛の千夜千冊
  • 松岡正剛の千夜千冊

    先週、小耳に挟んだのだが、リカルド・コッキとユリア・ザゴルイチェンコが引退するらしい。いや、もう引退したのかもしれない。ショウダンス界のスターコンビだ。とびきりのダンスを見せてきた。何度、堪能させてくれたことか。とくにロシア出身のユリアのタンゴやルンバやキレッキレッの創作ダンスが逸品だった。溜息が出た。 ぼくはダンスの業界に詳しくないが、あることが気になって5年に一度という程度だけれど、できるだけトップクラスのダンスを見るようにしてきた。あることというのは、父が「日もダンスとケーキがうまくなったな」と言ったことである。昭和37年(1963)くらいのことだと憶う。何かの拍子にポツンとそう言ったのだ。 それまで中川三郎の社交ダンス、中野ブラザーズのタップダンス、あるいは日劇ダンシングチームのダンサーなどが代表していたところへ、おそらくは《ウェストサイド・ストーリー》の影響だろうと思うのだが、

    松岡正剛の千夜千冊
  • 松岡正剛の千夜千冊

    先週、小耳に挟んだのだが、リカルド・コッキとユリア・ザゴルイチェンコが引退するらしい。いや、もう引退したのかもしれない。ショウダンス界のスターコンビだ。とびきりのダンスを見せてきた。何度、堪能させてくれたことか。とくにロシア出身のユリアのタンゴやルンバやキレッキレッの創作ダンスが逸品だった。溜息が出た。 ぼくはダンスの業界に詳しくないが、あることが気になって5年に一度という程度だけれど、できるだけトップクラスのダンスを見るようにしてきた。あることというのは、父が「日もダンスとケーキがうまくなったな」と言ったことである。昭和37年(1963)くらいのことだと憶う。何かの拍子にポツンとそう言ったのだ。 それまで中川三郎の社交ダンス、中野ブラザーズのタップダンス、あるいは日劇ダンシングチームのダンサーなどが代表していたところへ、おそらくは《ウェストサイド・ストーリー》の影響だろうと思うのだが、

    松岡正剛の千夜千冊
  • 松岡正剛の千夜千冊

    先週、小耳に挟んだのだが、リカルド・コッキとユリア・ザゴルイチェンコが引退するらしい。いや、もう引退したのかもしれない。ショウダンス界のスターコンビだ。とびきりのダンスを見せてきた。何度、堪能させてくれたことか。とくにロシア出身のユリアのタンゴやルンバやキレッキレッの創作ダンスが逸品だった。溜息が出た。 ぼくはダンスの業界に詳しくないが、あることが気になって5年に一度という程度だけれど、できるだけトップクラスのダンスを見るようにしてきた。あることというのは、父が「日もダンスとケーキがうまくなったな」と言ったことである。昭和37年(1963)くらいのことだと憶う。何かの拍子にポツンとそう言ったのだ。 それまで中川三郎の社交ダンス、中野ブラザーズのタップダンス、あるいは日劇ダンシングチームのダンサーなどが代表していたところへ、おそらくは《ウェストサイド・ストーリー》の影響だろうと思うのだが、

    松岡正剛の千夜千冊
  • 全読譜

    20年以上にわたり執筆がつづく千夜千冊のコンテンツを 最新夜からバックナンバー順に並べたインデックス。 2000年2月の中谷宇吉郎『雪』(第1夜)から 2004年7月の『良寛全集』(第1000夜)に到達以降もいまだ更新中。 約1800夜にわたる千夜千冊の軌道を一覧展望するクロニクル。

    r_chatnoir
    r_chatnoir 2011/10/18
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