最近、古地震についても検証しなおし震源域や規模をより正確に知ろうとする動きが出てまいりましたが、限られた情報から知るのは困難を伴うことでしょう。 私は、1611年の地震津波は、東北地方の沿岸において津波地震の様相であることから貞観地震や東北地方太平洋沖地震の震源域の内、海溝側の南北に細長い部分が震源域だろうと考えていましたが、平川一臣の説である、十勝沖・釧路沖の連動、または千島列島沖の巨大地震の可能性も否定は出来ないかもしれません。 ahonasitumonsurunaさんの仰る十勝沖、釧路沖、根室沖の連動説も十分に可能性はあるでしょう。1611年の地震は北海道太平洋側における津波被害記録も存在しています。 ただし3点ほど気になる問題点があります。 まず、地震4時間後に津波が襲来したと言うことですが、 確かに三陸海溝側が震源域なら明治三陸地震の記録から類推して地震後30分ぐらいで津波は襲来