1985年1月、イスラエルのペレス首相の「密使」が日本を訪れ、中曽根康弘首相と会談し、中東和平実現に向けた関与を働き掛けていた。20日公開の外交文書で確かめられた。石油購入などを通じ、イスラエルと対立するアラブ諸国との関係が深かった日本は、内政問題を抱えるペレス氏との個人的関係を軸に外交を展開するのはリスクが高いと判断。アラブ側の反発も懸念し、肩入れしない考えを伝えた。 今月上旬、エルサレムをイスラエルの首都に認定したトランプ米政権にアラブ側が強く反発する中、日本政府は懸念を表明しつつ米国への配慮も見せた。当時も今も中東外交でのバランス維持に腐心する日本の姿が浮かぶ。ペレス氏は93年のパレスチナ暫定自治宣言(オスロ合意)の立役者の一人で94年にノーベル平和賞を受賞した。 「密使」は、イスラエル系米国人の時事漫画家でジャーナリストのラナン・ルリー氏。対アラブ強硬派として知られたイスラエルのシ