タグ

歴史に関するrsmusicのブックマーク (6)

  • なぜ宮本武蔵が勝ったのか?もしも武蔵と佐々木小次郎が営業マンだったら?|IKITOKI

    武蔵と聞けば、「剣豪」「剣の達人」として有名な人物。 巌流島で佐々木小次郎との決戦に勝利し、名実ともにナンバーワンの剣術士となった。 しかし、歴史ファンのなかには、武蔵が勝ったことよりも「なぜ小次郎が負けたのか」に疑問を抱く人もいる。 つまり、小次郎のほうが強いという意見も多いからだ。 そこで今回は、なぜ宮武蔵が勝ったのかを考察していきたいと思う。命を懸けた戦いで見えてくる、武蔵のビジネスセンスに迫ってみよう。 負けから勝ち方を学んだ宮武蔵 時は1600年。17歳の武蔵は、剣で名を馳せようと関ヶ原の戦場に出兵していた。 剣の腕に自信があったが、戦場で活躍できず過酷な現実を目の当たりにする。 武蔵が思い描いていた戦場とは違い、あまりのスピードにたじろいでしまったのだ。幼い頃に父親から武芸を習い、13歳で剣術に目覚めると地元の剣豪たちを打ち負かして自信をつけていた。 そんな矢先、「自分

    なぜ宮本武蔵が勝ったのか?もしも武蔵と佐々木小次郎が営業マンだったら?|IKITOKI
  • 一生使い続けられる物を揃える … 280年の歴史持つ、刃物店『うぶけや』|IKITOKI

    明日になれば、今日の最先端が古くなる。 常に技術が進歩し、私達の暮らしは豊かに、便利になっていく。 そんな時代に生きているからこそ、「古き良き物を尊ぶ精神」も持ち合わせなければならないと思う。 特に、毎日顔を合わせる物、一生使い続ける物なら尚更のこと。 日で生まれ、日で育まれ、今日まで残り続けている、そんな作り手の歴史と想いを感じられる逸品を、持つべきではないだろうか。 となれば、次々と老舗の名前が挙がるが、今回はひとつの刃物店に注目。 今から約280年前、天明3年(1738)に創業した『うぶけや』である。 取り揃えるは、和包丁、毛抜き、爪切りなど、いずれも私達の暮らしに欠かせない物ばかり。 同店の歴史を紐解くと共に、魅力にググッと迫ってみよう。 大阪から始まった、老舗刃物店の歴史。 老舗刃物店『うぶけや』が生まれたのは、遡ること江戸時代。 天明3年(1738)、商人の街として盛り上が

    一生使い続けられる物を揃える … 280年の歴史持つ、刃物店『うぶけや』|IKITOKI
  • 神の息遣いを感じる。 東大阪・生駒山に佇む、”石切劔箭神社 上之宮”。|IKITOKI

    大阪府と奈良県にそびえる生駒山。 その山中に佇むのが、石切劔箭神社(通称:石切神社、石切さん)である。 県外の人が関西地方を訪れて、まず立ち寄らないであろうマイナーな場所。 しかし、その歴史は古く、700年前の足利時代には既に記述が残っているほど。 “病気平癒”のご利益があるとされ、昔から大阪の庶民に親しまれている。 今回は、そんな石切神社をご紹介するが、今回は、”上之宮”に焦点を絞ってみようと思う。 生駒山を下った場所にあるのが石切劔箭神社の”宮”。 しかし、実は、生駒山を登った中腹にも神社がある。 その場所こそ”上之宮”で、所在を知る者は少なく、すれ違う人も数人ほど。 自然と一体化した、まさにパワースポットと呼ぶに相応しい雰囲気である。 一目散に宮に足を運ぶのではなく、まずは上之宮から巡るのがオススメ。 一人散歩スポットにピッタリなので、是非とも足を運んで頂きたい。 歩きやすい

    神の息遣いを感じる。 東大阪・生駒山に佇む、”石切劔箭神社 上之宮”。|IKITOKI
  • 刺激は足元にあり! 日常を非日常に変える『マンホール』の粋なデザイン。|IKITOKI

    出勤して、仕事して、帰宅する。 その毎日の繰り返しに不満を感じ、刺激を求めて、旅行に行ったり、高級レストランで美味しい物をべる。 確かにマンネリ脱却のためには欠かせない習慣だろう。 しかし、あなたが何気なく過ごしている日常の中にも、刺激をくれるものは溢れている。 例えば、足元にある”マンホール”なんてどうだろう。 普通に歩いていれば気にも留めないが、実は県・市によって多彩なデザインが施されている。 そして、その背景にちょっとした歴史や県・市の魅力を感じられたりするのだ。 旅行先や日常で、探してみるのも、楽しみ方のひとつだろう。 今回は、そんな全国の珍しいマンホールをご紹介しよう。 1.兵庫県伊丹市 兵庫県伊丹市にあるマンホール。 市の都市公園に指定されている“昆陽池公園(こやいけこうえん)”に飛来する、鴨や白鳥を描いている。 都会の中に広がる自然の美しさを表しており、実際に公園内の池では

    刺激は足元にあり! 日常を非日常に変える『マンホール』の粋なデザイン。|IKITOKI
  • 煎茶、番茶、玉露に抹茶。 日本人として改めて知っておきたい『日本茶』のこと。|IKITOKI

    あなたが最後に日茶を飲んだのはいつだろう? 1日に1杯のコーヒーは欠かせない、という人は多いと思うが、1日1杯の煎茶が日課、なんて人は少ないだろう。 そもそも、煎茶が日茶だということを知らなかった……、そんな人もなかにはいるのでは? あまりにも身近な存在すぎて、ついつい蔑ろにされがちな日茶。 しかし、その歴史はとても古く、製造方法へのこだわり、種類の豊富さ、栄養価の驚くべき高さなど、一言では語れないほどの魅力を持っている。 今回は、そんな『日茶』を改めて見直してみよう。 日茶はどこから来たのか? 現在、日茶(緑茶)が最も多く生産されているのはどこか? 関西方面出身の人は「京都!」と答えたくなるが、残念ながら間違い。 正解は「静岡県」である。 生産量の約4割を占める一大産地である静岡県。 県全域でお茶の生産が行われている。 それに次いで、2位が鹿児島県、3位が三重県。 ちなみに、

    煎茶、番茶、玉露に抹茶。 日本人として改めて知っておきたい『日本茶』のこと。|IKITOKI
  • 神楽殿の伝統と現代が調和。 ビジネスの神も宿る『赤城神社』の歴史と魅力とは?|IKITOKI

    軒並み続く商店街の活気。 路地裏を抜けた先にある閑静な住宅街。 木漏れ日からさす光が心地よい豊かな木々。 一歩外れば飯田橋や市ヶ谷といったオフィス街があるとは思えない、豊かな街並みが広がる神楽坂。 ひとまわり年上な雰囲気を楽しみに、あなたも何度か足を運んだことがあるのではないだろうか。 そんな伝統が息づく場所にある『赤城神社』。 “江戸大社”のひとつとされ、昔から多くの人々から親しまれている。 最近では、新国立競技場を手がける”隈研吾”がデザインしたとして注目される赤城神社。 今回は、その歴史と魅力に迫ってみよう。 江戸の三社のひとつ、赤城神社。 まずは、赤城神社の歴史から紐解いてみよう。 もともと、赤城神社があったのは牛込見附付近。 現代の早稲田鶴巻町とされている。 現在の場所、新宿区赤城元町に牛込氏が遷したのは弘治元年(1555)。 一説によれば、「秩父の山や夕日が綺麗に見え、神々が降

    神楽殿の伝統と現代が調和。 ビジネスの神も宿る『赤城神社』の歴史と魅力とは?|IKITOKI
  • 1