タイの恋愛学者アピチャイ・ホンターイが故国で悲惨な事故にあう百日ほど前、つまり彼と私が共に日本の事例を調査研究していた折に判明したことだが、1994年3月19日に「あらはばきランド」で縄文デイを見ていた華島徹と園田吉郎をさらに遠くから眺めていたのが企画部の犀川奈美38才なのであった。 犀川は当日の午後、四階建ての本部ビルの屋上にいた。社内で飼っていたハムスターを透明の球体に入れて散歩させたすぐあとのことである。犀川はその屋上からランド全体、またはその西側に連なる小山を見るのを息抜きとしていた。イベント会場にいる華島と園田がこそこそと話をしているのを見つけた犀川はメンソール入りの細い煙草をくわえ、一度大きく煙を吸うと、社の者には絶対に聞かせることのない深いため息をついた。まるで小さな黒い岩をビルの上から落とすかのように。 ため息は華島にも園田にも関係がなかった。それは純粋に犀川の個人的な問題