狭山事件の流れを簡単に解説 屈託のない笑顔が愛らしい中田善枝 出典:ジムニー魂 我が道を行く!! 1963年の5月1日、埼玉県狭山市で、当時高校1年生だった少女が帰宅途中で行方不明となりました。必死で探す家族には身代金を要求する脅迫状が届けられました。被害者の姉が犯人の言う通りに指定場所に向かいましたが、無残にも少女は3日後に遺体で発見されます。 犯人として逮捕されたのは、同じ狭山市内に住む当時24歳の青年でした。 狭山事件の犠牲になったのは、市内の農家の四女・中田善枝(16歳)でした。5月1日は高校に登校、午後3時23分に目撃された後に行方がわからなくなったのです。 身代金を要求された家族は5月2日の深夜、要求どおりに指定場所に向かいました。そこで犯人に遭遇、会話までします。しかし、警察の張り込みに気づいた犯人は逃走し、4日に善枝は遺体で発見されるという最悪の結末を迎えたのです。 その後