帰燕せつなき高さ飛ぶ ――山本弘、わが敬愛する画家の思い出―― 山本弘に初めて会った時、坂口安吾の「堕落論」を読めと言われた。私が19歳、山本さんが37歳だった。美人の奥さん(愛子さん)はまだ26歳。もう36年前になる。 ぼくは弟子はとらないから先生と呼ぶなと言われた。それで亡くなるまで山本さんと呼んでいた。私が山本弘に師事したというと絵を習ったのかと聞かれる。いいえ、絵は描きません、酒を教わったのです。 山本家を訪うとお茶代わりに朝から酒が出た。それも一升瓶のウイスキーで茶飲み茶碗になみなみと注がれた。もちろんチェーサーなんて出なくて、ストレートで茶碗酒のウイスキーを飲んだのだった。あんたは山本さんにお酒を教わったからとカミさんが言う、つまみを食べずにぐいぐい飲んで寝てしまう。不器用な飲み方ねえ。 朝から飲んで真っ赤な顔をした弟子をつれて先生は町に繰り出す。友人やら知人やらが勤める会社や