「バブルの塔」。そう呼ぶにふさわしい、雲を模した派手な外観の複合ビル「ジュールA」が、地下鉄麻布十番駅を出ると、すぐに目に飛び込んできた。外車や高級ブランド、フィットネスジムなど富裕層向けのテナントを想定して建造された、バブル時代の残滓だ。 渡辺は今も「麻布自動車グループ会長」の肩書を持つ。麻布十番駅近くのビルの2階にオフィスを構える。ガラス張りの部屋で、渡辺は革張りのイスにもたれていた。ツイード生地の帽子に赤い縁のメガネ、ピンクの花柄のシャツにジーンズと、84歳とは思えないファッションに身を包む。 1980年代のバブル最盛期、麻布を中心に160以上の土地とビルを所有し、ハワイで6つのリゾートホテルを買収。1兆円近い資産と負債を抱えた “バブル紳士”の多くが鬼籍に入る中、渡辺は最後の生き残りと言える存在だ。 「もう、使い切れないよ」 空襲で両親を失った渡辺は、22歳の時に東京で中古車販売会