日影丈吉『猫の泉』(『恐怖博物誌』出版芸術社 1994 ふしぎ文学館 所収) 南フランスに滞在していた日本人写真家の「私」は、不思議な町の話を耳にする。それは「ヨン」という谷間の辺鄙な町だった。住民はチベット猫とともに自給自足の生活を営んでいるという。興味を覚えた私は道すがら聞き込んだあやふやな情報を頼りに、中世の町並みを残す小さな集落に辿り着いた。 この300年の間にヨンの町を訪れた外の人間はごくわずかで、私はちょうど30人目にあたるらしい。町には10人ごとの旅人に大時計の鐘の音を聞かせ、町の運命を占わせるという奇妙な習慣があった。私は滞在と撮影の許可を得るため、その役割を果たすことになった。 月が出た。広場の枯れた泉のほとりには、猫が群れをなしている。私は大時計の鐘の音に耳を傾け、感じたままを猫たちに向かって語った。「去れ、若者よ。洪水、大時計」、それを言い終わった時、群れのなかの一匹
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