「海の上はほんによかった。じいちゃんが艫櫓ば漕いで、うちが脇櫓ば漕いで」 (『苦海浄土』石牟礼道子著から引用) 水俣病に苦しみ、命を終えようとしている漁師の嫁御の言葉です。夫と共に海に出ていた頃を懐かしんでいるのでしょう。彼女は夫を残して40代の若さで亡くなりました。 『苦海浄土』は水俣病に苦しむ方々の苦難を描いたノンフィクション小説です。高度経済成長に突き進んでいた当時の日本社会の暗部を描いた小説でもあります。有名な本なので知ってはいたのですが、なかなか読むことができませんでした。なぜなら、私にとって水俣病は人ごととは思えず、生々しく感じていたからです。私は四日市の出身です。四日市は水俣と同じく、公害に苦しんだ歴史があります。教科書にも出てくる、四日市ぜんそくの場所です。私が生まれた時には、基本的には解決していましたが、被害者の方から直接話を聞く機会もあり、痛々しい記憶として心のどこかに