魏晋南北朝から隋唐時代にわたり、中国から仏教の本場インドに向けて旅立った「渡天竺僧(とてんじくそう)」と呼ばれる数多くの僧侶(梁啓超によれば存在が知られるものだけでも一六九名)が出現した。その旅の記録を現在に伝えている僧侶はほんの僅かしかいないが、ここに取り上げる玄奘(げんじょう)(六〇二―六六四)はそうした僧侶の一人である。たとえ玄奘の名を知らなくとも、『西遊記』という名の小説や劇・テレビドラマ・映画などを通じ、三蔵法師としてその存在は世間に知れ渡っている。そのため彼の旅の様子や人物像については、それら創作物によって作られたイメージが強く纏わりついている。ただ彼が残した著作物を見ると、一般に理解されている旅の雰囲気とはかなり異なる側面も認められる。そこで今回は玄奘の旅の実際の姿を紹介してみたい。そこから、東アジアを越えてパミール以西のトルキスタンやアフガニスタン・インドまでも包含する広域